大江健三郎氏は知里真志保に関して次のように述べる。 知里博士が戦いをいどみ、そして絶対に全滅させる敵は、一般的にはよきアイヌ理解者と目されている学者たちである。博士はそうしたアイヌ理解者の精神の奥底にアイヌへの見くびりや、安易な手をぬいた研究態度を見つけだしてそれを叩きつける。しかもその怒りの声の背後からは切実な悲しみの声も聞こえてきて、それはわれわれをうたずにはいられない。 知里真志保はアイヌ民族ではじめて国立大学の教授に就任したアイヌ学の研究者である。東京帝国大学で金田一京助に師事し、北海道大学教授に就任した。姉は『アイヌ神謡集』で有名な知里幸恵、伯母はユーカラの伝承者であった金成マツである。知里真志保の最大の特徴は彼がアイヌ語を母語としていなかった、という点であろう。彼の父知里高吉と母ナミはクリスチャンで早くから日本語や英語を学び、アイヌ語を全く話さなかった。幸恵は伯母の金成マツのと