◇地域のサポート必要--高田慶子さん(67)=鹿児島市平川町 強烈な記憶があるという。 大阪府で保健婦として働いていたころ、生後半年のダウン症児の家庭を訪ねた。30代の母親に問題は見あたらなかった。だが、2度目の訪問、乳児の体重が増えていない。ミルクが十分でなかった。 そして3度目。赤ちゃんの胸にやけど跡が見つかった。熱湯で作ったミルクを与えていたのだ。母親は「徐々に死ねばいいのに」とつぶやいたという。 「背筋が凍りついた」。身体的虐待も確認され、赤ちゃんは施設入所になったという。 「乳幼児期に不快状態が続くと、他者への基本的信頼感が醸成されない。心の土台が築かれず、自立心も自己同一性も育たない」 問題の深刻さを目の当たりにし、児童虐待に積極的にかかわる道を選んだという。 鹿児島に戻り99年、研究会の立ち上げに携わった。だが、当初の会員は家裁調査官など数人。当時、県内では関係機関のつながり