ミステリとゲームに関するyu_iのブックマーク (12)

  • 【ひぐらし】 考察における三つの“諦め”と、「謎」との“別れ” 雛見沢研究メモ(仮)

    (最終更新:2008/07/16) 他人にとっては「謎」ですらないものを、自分はいつまでも「謎」だと感じ、考え続けてしまう。 そんな「謎」への執着が私にはあります。 しかし、いくつかの“諦め”……つまり「幻想」を切り捨てることによって、「謎」と“別れる”ことに成功しました。 「謎」を、作品か自分の「問題点」へと貶めることによって。 「謎」を手放し、見切りをつけ、もう考えない。そのための手続きを自分なりに書いてみました。 割と今後の記事の肝になるかもしれない部分なので、事前に説明を試みます。 思ったより長くなってしまいました。 諦めることで、謎が謎でなくなる時 「謎」との別れ 考察をメモっている最中、奇妙な寂寥を感じることがあります。 一言で表現するなら、「“謎”との別れ」といったところでしょうか。「“謎”が解ける」という感覚ではないんです。 「まだ、ひょっとするとコレは、謎なのかもしれない

    yu_i
    yu_i 2007/07/01
    「謎が“解けた”のではなく、謎が謎でなくなってしまったのです」
  • 2006-09-29

    明日はいよいよ宇和島遠征ですよ。しばらく顔を合わせてなかった畏友みなせ丼と会えると思うとwktkです。彼との間で話を進めているような進めていないような現代学園異能PBMについても少し話をしておきたいなとか思っていたり。もちろん酒も呑みます。体調が悪いので余り呑めそうにないですけど。 それはそうとして。 「永遠の仔」だらだらと読んでいるのでなかなか読み終わりません。なんというか、いちいち痛い話なので、続けて読むことが難しいというかなんというか。チャイルド・アビューズ話には弱いのです。これを読み終わったら「邪魅の雫」がぼくを待っているのですが、まだ当分かかりそう。 そういえば「京極堂シリーズ」の各作品をひとことで表すとどうなるか、という遊びを考えて、少し考えていたのですが、かなり作品内容を忘れていたので続けられませんでした。悲しい。「姑獲鳥」=「見たくないものから眼をそらす話」、「魍魎」=「み

    2006-09-29
  • 日経ソフトウェアで竜騎士07氏インタビュー - 科学と非科学の迷宮

    日経ソフトウェア1月号P.70より、NScripterの説明とともに、「ひぐらしのなく頃に」作者、竜騎士07氏のインタビューが掲載されています。 その中で特に印象に残った発言は以下の通り。 (自分なりにまとめてあるので多少意味の取り方を間違えているかもしれません) ノベルゲームの長所とは「垣根の低さ」である。 ノベルゲームでは、絵、物語、音楽を組み合わせた「演出=総合力」で勝負できる。 演出とは、自分の面白いと思うものを作ることである。 最近はパソコンで様々なことができるようになった。一度創作する夢を捨ててしまった人は、一度でいいから形にし、人に見せて、評価されるということをしてはいかがだろうか。 他に、いつものように「ひぐらし」の世界観などについての氏の説明があります。この辺は言葉は多少異なれど他でのインタビュー等と大体同じ内容です。 まあ私がとりあげていない箇所で、面白い部分もあります

    日経ソフトウェアで竜騎士07氏インタビュー - 科学と非科学の迷宮
  • ホームズとワトスンとプレイヤー - eiji8pou's diary

    探偵とプレイヤー - 永字八法の続きであり、別の解法。 http://d.hatena.ne.jp/kagami/20050510/p1を読んで思ったこと。 つまり、ホームズ役とワトスン役の両方を登場させ、プレイヤーの視点を仮託するのはワトスン役にするのだ。むしろこっちがミステリ正統だ(ノックスの十戒とかヴァン・ダインの二十則とかを見てください)。 そんな訳でこのようなスタイルのゲームミステリがあってもいいのではないかと提案する。 プレイヤーはワトスンとなり、ホームズを伴って現場をうろつく。違うのはホームズには自分で何かしようとする意思はなく、現場をただ観察し分析するだけである。そして時々、その場で解決できそうな確認事項を唐突に行い、ホームズにしかわからない何かを確認する。ホームズが何を行ったかはワトスンには完全にオープンであるが、その意図は明かされない。ワトスンはワトスンなりに(プレイヤ

    ホームズとワトスンとプレイヤー - eiji8pou's diary
  • 探偵とプレイヤー - eiji8pou's diary

    ミステリーでゲームを作るとすると、ネックになるのが探偵役とプレイヤーの知性の差である。 言うまでもないことだが、探偵役のキャラクターとプレイヤーとは別個の存在である。 小説でもそうだ。物語内の探偵は、話がすすむにつれて「ふうむ、そうだったのか」と犯人に気付く。しかしプレイヤー(読者)にはわかっていない場合が多い。それでも小説であるから、読み進める内にいずれ真相にたどりつく。 しかし、ゲームでそれは正しいことだろうか。それではただのノベルゲームとどう違うのか。そういう問題が生じる。 では、プレイヤー自身に犯人がわからなければクリアーできないようにすればいいのか。理論上はそうだ。しかし、TRPGのマスター経験者ならばその身に染みて知っているだろうが、「プレイヤーは基的に馬鹿」である(お気に障ったら失礼)。ましてや、探偵でもなんでもない、ただのオタクなのである。 ではどうするか。そこはもう、知

    探偵とプレイヤー - eiji8pou's diary
  • 『ひぐらしのなく頃に』07th Expansion - 旧tototo

    その7。 その1はid:tdaidouji:20050720#p1 その2はid:tdaidouji:20050723#p1 その3はid:tdaidouji:20050729#p1 その4はid:tdaidouji:20050731#p1 その5はid:tdaidouji:20050804#p1 その6はid:tdaidouji:20050809#p1 ノベル系のエロゲーではゲームであることを思わせる殆どの要素は排除されましたが、そうした形式は受け手の側からすると非常に不安定なものでした。作品内の複数の物語は目で見てそれとわかる単純なシステムによって統御されていますが、そのシステム自体はとりたてて意味を持たないように見えます。*1そして、僕らは一般に、不可視なものならともかく、目の前に見えているものが無意味なままであることを我慢などできません。そこで、受け手自身の手で意味付けがなされるこ

    『ひぐらしのなく頃に』07th Expansion - 旧tototo
  • 『ひぐらしのなく頃に』07th Expansion - 旧tototo

    その8。(完結) その1はid:tdaidouji:20050720#p1 その2はid:tdaidouji:20050723#p1 その3はid:tdaidouji:20050729#p1 その4はid:tdaidouji:20050731#p1 その5はid:tdaidouji:20050804#p1 その6はid:tdaidouji:20050809#p1 その7はid:tdaidouji:20050810#p1 いよいよ、これで終わりです。途中で多少粗雑に処理しちゃいましたが、何とか発売前に間に合いました。 以下ネタバレ。 前回のラスト。 >物語へのクリアな視界が確保されます。 と書きました。「ひぐらし」の卓越した仕掛けは、ただひたすらこの一点に尽きます。 それを可能にしたのが、「選択肢がないけれどもゲームである」と宣言することにより、分岐構造に抱え込まれた全体を包括的に見通そうと

    『ひぐらしのなく頃に』07th Expansion - 旧tototo
  • Marginal - 『ひぐらしのなく頃に』 id:cogni さんのを読んで思ったこと

    id:cogniさんのを読んで思ったこと 昨日引用した 実は私が推理して欲しいのは、事件の犯人じゃなくて、この物語のルールがどんなものかを推理して欲しいんですよ。各シナリオの最大公約数的な設定、舞台裏の仕掛けを皆に見つけてほしい。 (ファウストvol5) は、 ブラックボックスに前提条件が異なるものをいくつか入力したら、いろんなバージョンの物語が出力されました。 さて、このブラックボックスはどんな仕組みだったのでしょうか? という意味だと思っています。 だから複数の物語を視野に入れるということを前提とすれば、「いくつかの情報、事実(それぞれの物語)からある結論(設定)を導き出す事」は一応満たしているのではないかと思います。 今回の皆殺し編が始まってすぐにそれぞれの話であった個々の事象について、比較してみると一回しか起こっていないことの特別性や、どの回についても必ず起こることの共通性について

    Marginal - 『ひぐらしのなく頃に』 id:cogni さんのを読んで思ったこと
    yu_i
    yu_i 2006/01/10
    「その四次元っていうのは一回だけだと表現できないので実際に状況を変えて複数回動かした上でその多面性を見せている」のが『ひぐらし』。作り方が興味深いというのは全くその通り。それにしても不思議な作品。
  • 飛鳥井全死は間違えない

    元長柾木(もとなが・まさき) 1975年生まれ。ゲーム作家、小説家。ゲームの代表作に「Sense Off」「フロレアール」など。その独特のセンス・オブ・ワンダーの感覚を小説の世界に持ち込み注目を浴びる。「新現実」(角川書店)のほか、ファウスト(講談社)、「SFマガジン」(早川書房)など、様々な媒体に作品を発表。ゲーム「未来にキスをSE」13cmより発売中! ある日、電車の中で全身黒ずくめの妖しい女・飛鳥井全死に話しかけられた女子中学生・荻浦嬢瑠璃。最初は拒絶するも、執拗に追いかけられ繰り出される全死独特の論理攻撃。「わたしの奴隷になるか?」その一言で最初は頑なだった嬢瑠璃の中で次第に何かが変わり始め、そしてついに嬢瑠璃は支配下に堕ちていく――(第一話 愛の敗北)。飛鳥井全死に関わってしまった美少女たち。果たして彼女たちは救われたのか、傷つけられたのか!? そして、その先に待ち受ける“攻

  • 流星亭日誌 :: 突発ひぐらし部屋 2005-12-08

    yu_i
    yu_i 2006/01/09
    分析にはほぼ同意。ただやっぱりそれぞれに「推理」「ミステリ」に対する距離感の違いがあったとは思う。『ひぐらし』を一番楽しめたのはミステリ→エンタメへと意識的・無意識的にシフトできた人ではないだろうか。
  • こぐにと、 cognit,

    こぐにと、 cognit,

    yu_i
    yu_i 2006/01/09
    『ひぐらし』は「推理」の定義を揺らした、んだと思う。竜騎士氏の使う「ミステリ」「推理」「謎」という概念は、本格側から見ればかなり特殊な気が。そこら辺が新しく、面白く、そして異質に感じた理由かも。
  • 『ひぐらしのなく頃に解 皆殺し編』を読んで怒らないために (魔王14歳の幸福な電波)

    さて、一体どこから手をつけたものでしょうか。感情的な絶賛はもうこれまでに散々やってるので、そういうのはひとまずやめ。まずはまずかったところを……というか、プレイ前にこれさえ意識しておけば違和感なく楽しめるでしょうという事項をいくつか。 絵が下手だとか美少女ゲームがフォーマットの文章が小説文化と相容れないだとかの表層的な些事をどうこう言うのはもういい加減に捨て置くとして、結局ひぐらしがもっともまずかった点は、竜騎士07さんにとっての"推理作品"のイメージが一般のそれとあまりにも乖離しすぎていたことなのでしょう。 雛身沢という舞台の抽象的な意味での"システム"を読み取ることこそが竜騎士07さんにとっての"推理"の眼目で、そういう理解の仕方をしたとき『ひぐらしのなく頃に』は非常に優れた質的なミステリー作品であると言えます。ところが、一般に言うところの"推理"とは、犯人は誰だとかトリックはどうし

    『ひぐらしのなく頃に解 皆殺し編』を読んで怒らないために (魔王14歳の幸福な電波)
    yu_i
    yu_i 2006/01/09
    アンチが違和感を感じたのは、まさにここに書かれている通りのことが原因な気がする。作者と一部プレイヤーのミステリに関する認識の溝。でもそれは「ミステリ」の可能性でもあると思う。
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