東京湾に注ぐ運河に囲まれた街の一角にA動物病院はある。一恵さんがここに来るのは、今日がはじめてだ。連れてきた猫は、彼女の猫ではない。1週間ほど前に自宅の前で出会い、3日間一緒に暮らし、名前もつけた。でも、飼えない事情がある。 (末尾に写真特集があります) 待合室で診察を待つ間、一恵さんは何度もキャリーバッグをのぞきこみ、中にいる猫に話しかける。 「せっかくうちを選んでくれたのに、ごめんね……」 ある晩、野良猫が 6月のある晩のことだった。仕事のあと、友人と家の近所で食事を終えた一恵さんは、友人を連れて一人暮らしのアパートに帰宅した。すると、ドアの前に猫が座っていた。 この町には、飼い主のいない猫が多く暮らしていた。その中の1匹に違いない。 一恵さんは動物は大好きだったが、これまで動物を飼った経験はなく、野良猫は苦手だった。 理由は、かわいいと思って手を差し伸べても、きっと懐いてはくれないか