ということで詰み感。前回の続きである。本来書く気はなかったけど、しかしこういうことを考えて見ることも重要なのかなあと思ったし、ある意味自分でくぐってきたことでもあり、確かにそういう経験はあるなあと。 いやでもそれよりなにより、詰み感という感覚があるかないかってかなり大切で、そういう感覚があるからこそ必死な感じが共有できる反面、そういうものがない、この時代に完全に欠落しているっていうのは非常にまずいことでもあるよなあと。根拠があればいいが、根拠なき詰み感のなさというのは本人が死ぬか、あるいはその切迫感のなさが周りを死に至らしめるか。それだけのインパクトがある。ある意味若い頃に必死で苦労する経験はここに通じていて、詰むかもしれない、詰まないかもしれないというギリギリでやってきたその経験と感覚というのは一生ものだなと。だからそういう意味では、詰み感がある方が救われるんじゃないかなと思うし、詰み感