ジェット・リョー @ikazombie 脚本術の本を読んでたら「“バディとの友情”モノは映画の発明とともに発展したジャンル」という説があって膝を打った。映画以前の口伝・小説・演劇などでは主人公が心理状態を独白すればよかったが、写実的な表現が求められる映画では主人公が常に語りかける対象としてバディが便利でそれが発展したと。 ジェット・リョー @ikazombie もちろん映画以前のフィクションにもバディものは存在していたが(日本でいったらそれこそ「東海道中膝栗毛」とか)、コメディの掛け合いの役割がほとんどで、シリアスな物語や成長譚では主人公格をわざわざ二人置く必然性が薄かったという。例外もいろいろある気はするけど感覚的には納得できる。