北欧のオトメイトと呼ばれるビジュアルノベルのパブリッシャー設立を目標に日夜夢を追いかけている、Miyaです。夢は大きい方がいいですよね。 ということで、みなさんお待ちかね(?)の欧米、乙女ゲーム事情の続きです。 近年、NetflixやAmazon Prime,Crunchyrollなどのストリーミングサービスがどんどんと欧米でアニメを流すようになり、アニメは一般の人たちの目に届くようになりました、そして個人的にも海外在住者としては涙が出るほど、とてもありがたい存在です。 そんな日本のサブカルが英語圏広まってくると、相乗効果で芋づる式にいろんなジャンルやコンテンツが日の目を浴びていきます。 とくにビジュアルノベルについては、当初Steam内ではそういったジャンルが存在しないも同然と思われていた(こちらの記事でその詳細を述べています)中で、日本向けのものが日本国外で売れているという話も出てきて
なぜ女性は「昇進」できないのか。 川崎市職員の佐藤直子さん(50)は長年、自治体職員として働きながら感じてきたモヤモヤの正体を解明しようと、自治体の女性職員のキャリア形成などについて大学院で研究に取り組んでいます。女性は昇進したがらない? 女性管理職が就く部署は決まっている? 現状の背景には何があるのか、変えていくことはできるのか、話を聞きました。(小林由比、北條香子) 佐藤直子(さとう・なおこ) 川崎市こども未来局青少年支援室子どもの権利担当課長。1998年入庁後、児童館での青少年健全育成業務、公務災害・通勤災害事務、区役所での市民協働まちづくり業務、総合計画などの庁内調整事務、市長への手紙、コールセンターなどの公聴担当、幼児教育担当などを担当してきた。自身を含めた女性職員のキャリアパスに関心を持ち、2018年から研究を開始。22年4月から埼玉大経済経営系大学院博士後期課程。専攻は労働経
ジェンダー格差-実証経済学は何を語るか (中公新書 2768) 作者:牧野 百恵 中央公論新社 Amazon 「ジェンダー格差」と「実証経済学」の組み合わせに惹かれたこと、そして中公新書というレーベルの信頼度から、発売日直後に購入。 他にも読んでいる本はあるんだけれど発売直後の本は早いとこ書評を書いたほうが宣伝にもなるものなので、読み終わった直後であるが簡単に感想を書いておく。 本書はまさに副題通りの「経済学」の本であり、著者も序章で「私はジェンダーの専門家ではありません」と明言している(p.ⅳ)。また、経済学は価値判断を下す学問ではなく、あくまで現実を分析して事実を明らかにするためのツールであるということが本書では繰り返し指摘されている。これらの点は、本書の長所であると同時に弱点にもなっているように思えた。 本書の長所としては、近年の人文学的なジェンダー論者やフェミニストが「資本主義的」
コロナ禍で開催中止を発表していたLA Pride Paradeの主催者は、本来の開催日であった6月14日に、BLMの支持と警察への抗議のためにデモを行うことを決定。LAで行われた数千人規模のこのデモで、Black Trans Lives Matter(BTLM)のプラカードを掲げる参加者。Photo: Stanton Sharpe/SOPA Images/LightRocket via Getty Images 今年5月25日にアメリカのミネアポリスで、白人警官が黒人男性のジョージ・フロイドを窒息死にいたらしめた事件に抗議して、全米でBlack Lives Matter(黒人の命を軽くみるな。以下BLM)と訴える抗議デモが再燃しました。3カ月近くたった今も、アメリカのみならず世界中で人種差別反対を訴えるデモが続いています。デモには黒人のみならず、ヒスパニック、アジア系、北米先住民、さらに白
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メキシコ南部のオアハカ州にサポテコ族(Zapotec Indians)の町、フチタン市(Juchitan)があります。 この町は、母系制社会で、伝統的に女性が強いことで世界的に注目を集めています。この町の経済は女性によって支えられ、男性よりも金を稼ぎ、一年中町のどこかで、お祭りが行われています。そして、「ムシェ」や「マリマチャ」という第三の性で暮す人々が住む町でもあります。 ムシェは、スペイン語の「ムヘル(女)」が語源だといわれていますが、「ムシェ」は、女として暮す男性、「マリマチャ」は、男として暮す女性のことです。 この町で、社会的性を決定するものは、服装と仕事です。サポテコ族の社会では、性と仕事は切り離すことができません。男女の性別により仕事の役割が明確に区別されていて、女性の格好をして女性の仕事をするものは、社会的に女性としての扱いを受けるのです。ムシェが女として認められるためには、
近年、音楽へのフェミニズム的アプローチが盛んだが、本書は日本のポピュラー音楽を具体的な素材に展開する初の試み。音楽の中で〈性〉はどのように語られ、意味づけられ、女性性・男性性なるものが構築されるのか。 まえがき 1章 「日本のポピュラー音楽とジェンダー」への展望[北川純子] I部 うみだされる場 2章 高校生とポピュラー音楽――教育の場におけるジェンダー分化のエスノグラフィー[小泉恭子] 3章 「逸脱」を演じる――女の子バンド体験からみた〈ロックと性〉[井上貴子] 4章 音楽産業における女性[五十嵐正] II部 つくられる意味 5章 友ようれひの手をとらん――寮歌と同性社会性[細川周平] 6章 少女の性愛ファンタジー――その装置としての少女マンガとロック[室田尚子] 7章 SPEEDにみるアイドル現象の変容――「異性愛」から「自己愛」へ[稲増龍夫] III部 鳴り響くもの 8章 戦え! 少
わたしはいわゆる男の娘だ。部屋の中で女装していただけだったのだが、「これじゃただの変態だな」と思い一念発起した後、いろいろ試行錯誤してかなりパス度を高めることに成功した。(パス度っていうのは女装だと見抜かれない率のこと)そしていまは大学にときどき女装して通っているし、この前無事に女の子としてバイトもはじめた。世の中じゃ結構こういう苦労をしている人はいると思うのだけれど、あんまりそういった苦労話をしているのは見たことがなかったので、振り返りの要素を込めて自分のためにもちょっとまとめてみたいと思う。世の中にはこういう人もいるのだということを知っても損はしないのではないだろうか。女装したい人やmtfの人にすこしでも参考になればと思う。 もともと中学高校と男子校に通っていたのだけれども文化祭などでときどき女装させられていた。表面上は嫌がっていたのだけれども、正直とても嬉しかったし、客観的に見てもそ
前川直哉の『男の絆』について私が書いた一点のアマゾンレビューが時おり話題になるので、いちおう説明しておく。 上野千鶴子の『女ぎらい ニッポンのミソジニー』もそうだが、なるほど、こういうことは一般にはまだ知られていなかったのかと思ったもので、こうした話は、学者(文学研究者、社会学者)の間では、1990年代にさんざん議論されていたことで、上野著にも前川著にも、私を含めそれらの人は、別に新しいものは何も見出さなかったであろう。 特にいずれも、物故したイヴ・コゾフスキー・セジウィックが『男同士の絆』の序文で言ったことをそのまま信奉している。なおセジウィックのこの本が、邦訳される前、おそらく日本で一番早く紹介したのが、私の『夏目漱石を江戸から読む』(1995)なのだが、まあそれはいい。 セジウィックはその序文で、ホモソーシャルという概念を打ち出している。ただこの概念をセジウィックが作ったというわけで
匿名ダイアリーで、「女性器切除」の話題がブックマークを集めている。 「女性器切除」 http://anond.hatelabo.jp/20090923003429 この記事によれば、勝間和代が「クーリエジャポン」で「女性器切除」の話題を紹介しているようだ。そちらがどのような記述になっているのか、まだ確認できていないが、少なくともこの匿名ダイアリーの記事は問題があるように思うので、フォローを書いておく。 ネットで検索しても、「女性器切除」を廃絶する運動の記事が多い。虐げられた女性に対する同情と、そうする男性に対する怒りから、今すぐ「女性器切除を廃絶すべき」だという思いに駆られるかもしれない。第三世界では、いまだ古い掟にムスリム女性が縛られ、犠牲になっているという議論が始まるかもしれない。 だけど、ちょっと待って。これは、フェミニズムの中で、大きな議論を巻き起こした問題なのだ。この問題をいち早
井上章一編『性欲の文化史1』(二〇〇八年十月・講談社)という論文集を読んだが、実に興味深い論考が多かった。 例えば、澁谷和美「性教育はなぜ男子学生に禁欲を説いたか」。明治以降の日本が近代国家として男子の国民に求めた「男らしさ」には勤勉と絶倫の二面性があり、両面を両立させるためには学生時代の男子に対しては一時的な性的抑制を強いる必要があったことが論じられている。そして、男子学生に性的抑制を求める性教育言説において、男子の禁欲の難しさを容認した上で、むしろ生理学的知識を開示し、或いは早期の結婚を推奨しようという論と、逆に禁欲それ自体を青少年の倫理として要請すべきであるという論との間の論争があったこと等が実証されている。戦前の性教育における最大の課題は「花柳病」の予防にあったわけだが、これをエイズ予防に置き換えれば現代にも少々似たような論争があるのかもしれないことに気付かされよう。 三橋順子「女
メキシコで「反エモ」:音楽集団への暴力が拡大、機動隊も出動 2008年4月 2日 カルチャー コメント: トラックバック (0) Alexis Madrigal Photo Credit: promrguez メキシコのいくつかの都市で、街角に機動隊が動員されている。その目的は……エモ[エモーショナル・ハードコア、ロック系音楽スタイルの1つ]のファンを守るためなのだろうか? メキシコで、髪を染めアイメイクをしたエモキッズに対する襲撃が続いている。3月初め、メキシコシティーの北約260キロにある人口150万の都市ケレタロに数百人が集まって起きた、エモ叩きの騒動が始まりだった。 次の週には首都メキシコシティーで、ボサボサ頭をしたエモファンのティーンエイジャーが、パンクやロカビリーのファンから襲撃され、警察が保護に出動し、テレビのニュースで取り上げられるという事態になった。 メキシコの新聞報道に
三橋順子氏の近刊、『女装と日本人』を読んだ。 女装と日本人 (講談社現代新書) 作者: 三橋順子出版社/メーカー: 講談社発売日: 2008/09/19メディア: 新書購入: 8人 クリック: 182回この商品を含むブログ (55件) を見る 日本のトランスジェンダー、同性愛者、両性愛者、インターセックス(半陰陽)など性的少数者についての主な(というか、僕のように勉強熱心でない人間が手に取るほど有名な、というていどの意味だが)本は、たいてい現在を論じている。過去の歴史についての関心は、どちらかというと薄い。たとえば「日本の同性愛の歴史」に興味を持つ人(同性愛者・異性愛者問わず)は、中世の稚児や近世の衆道といった事例をあれこれよく知っていて(こういうことについては文献も少なくない、しかし、「男性」同性愛文化ばかりだが)、「日本は歴史的に同性愛が盛んだった」といったことを言うかもしれない。だが
勝負に出てる感がにじみ出るMcCainの副大統領候補。アラスカ知事、5人の母、44歳なり。 「いったい誰?」と皆思っているアメリカでした。 HillaryはObamaに負けたとはいえ、予備選で1800万票近く獲得したわけで、しかもその多くが女性票。McCainはこの「女性票の獲得」に出たか、と。でも世の中はそんなに甘くない。 「Hillaryはここまで来れたのは、女性だからではなく、優れた能力があったから。それを、こんな無名の候補を単に女性だからといって出してくるとは何事。女性にとって失礼である」 といったコメントも複数回耳にしました。 (余談ながら。何年か前、シリコンバレーに住むとある日本人男性が、 「日本人女性はアメリカではマイノリティーとして優遇されるせいでいい大学に入れるから、どんどん挑戦して欲しい」 みたいな文章をとある日本語メディアに書いていて、 「はぁ、まだこんなことを言う人
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