その伊藤自身が、今度は事件に巻き込まれる。「森永せいかの製品 おいたら あかん」という脅迫状が、イトーヨーカ堂にも送りつけられたのだ。役員を集めた鳩首協議の末、伊藤は万一の事態を考えて森永製品の撤去を決断する。そして直後、山ほどの決済事項を措いてイの一番に命じたのは、社長専用車の手配だった。その車に飛び乗るようにして森永製菓本社に松崎昭雄社長をたずね、自ら直接、事情を説明したのである。 二つの事件は、言ってみれば伊藤にとって“お隣りの火事”、ないしは“ソバ杖”のようなものである。だが、そうだからといって、とりあえずは形だけの挨拶ですますようなことは伊藤にはできない。後々の取引関係を計算しただけなら、ここまでする必要もない。自分と関わりがある相手のことは、とことんまで思いやってしまうのだ。 こんな気性が社内に向かうと、どうなるか。 昭和55年の夏ごろから、東京・大森駅界隈の理髪店はどこも不思