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思想と歴史に関するPortunusのブックマーク (2)

  • 左が左を嫌いになる時 - 我が九条

    私はかつて次のように書いた(「扇動されやすい人2 - 我が九条」)。抜粋しておく。 情報弱者で論理的な思考力が欠落しているが、その自覚のない人が大学に入って、「政治的な理由で教科書には書かれていないが、これが真の歴史である」とか、「馬鹿には理解できないが、これが真の歴史である」とか、「みんなマスコミに洗脳されているが、これが真の歴史である」とか、仄めかされると、当時は立派なサヨクが誕生したのだ。 扇動されやすい人がサヨクに走った理由は、当時言論界では「左翼」が幅を利かせていたからであり、大学に入って世話になるオリターに左翼が多かったからである。その頃はマルクス主義を標榜しないと「右翼」または「ブル」呼ばわり。いろいろなレッテルがあった。私は丸山真男に凝っていたのだが「近代主義者」、佐藤進一に凝ると「実証主義者」。これらはいずれも当時は「ウヨ」という意味である。ちなみに日共が日共とは異なる左

    左が左を嫌いになる時 - 我が九条
  • 小熊英二さん『<民主>と<愛国>』を語る(下)

    ――小熊英二さん『〈民主〉と〈愛国〉』を語る(下) 度量の広さは大切なこと ■60年安保の全学連と68年の全共闘 ――60年安保闘争の全学連に関する記述は好意的ですね。 ★まあ好意的といってもいいでしょう。ただし、彼らが賢かったとは思いません。冷たい言い方に聞えるかもしれませんが、全共闘運動や60年代の新左翼も含めて、20歳かそこらの人間が上の年代と縁を切って運動をやっても、思想的ないし政治的に賢いものが出てくる確率は少ないと思う。 ただ60年安保闘争の全国民的な――あえてこういう言い方をしますが――盛り上がりをもったときに、全学連主流派はそれなりの役割を果たした。つまり若者の純粋さというか、直情径行な直接行動が、一種の起爆剤の効果をもった。 国会突入を繰り返す全学連主流派のデモを、回りの大人たちは半分あきれて見ていたようですけれど、その純粋さや真摯さに刺激されて、運動が広がっていったわけ

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