盤石に見えた考えがほんの一角からの水漏れで一瞬にして瓦解してしまうことが生物進化の世界ではそれほどまれなことではない。その主役となった生物は、どちらかというと控えめで脚光を浴びてさっそうと表舞台に登場するような存在ではないこともしばしばだ。ここでの主役はカメで、我々がふだんカメに対して抱くイメージは独特の甲良をまとってのろのろ歩く、お世辞にもかっこよい動物ではない。この物静かで大人しいカメが「単純から複雑へ」という大進化のパターンが、ある重要な形質では成り立たないことを強く主張しだした。 爬虫類の頭蓋骨には、分類に有用な特徴があることが古くから知られている。爬虫類のこめかみ部には、系統ごとに異なる「側頭窓」と呼ばれる孔がある(図1)。魚類や初期の両生類にはこの側頭窓がない。カメ類はこの仲間に入り、「無弓類」といわれている。哺乳類の祖先型爬虫類には単一の孔があって、かれらは「単弓類」と呼ばれ