■未来切り開くベンチャー精神 天正18(1590)年。徳川家康は、関白の豊臣秀吉から関東八カ国への移封を打診される。そこは240万石の広大な領土ながら、低湿地が多く、使える土地は少なかった。家臣団は猛反対するが、家康は居城を江戸に決め町造(づく)りに着手する。 『東京帝大叡古教授』が直木賞候補になった門井慶喜の新作は、江戸を大都市に変えた技術官僚に着目した連作集である。 湿地対策のため、利根川の流れを変える大工事を行う伊奈忠次を主人公にした「流れを変える」。神田上水の建設に尽力した大久保藤五郎と内田六次郎を描く「飲み水を引く」は、当時の土木工事を迫力いっぱいに活写した技術小説となっている。 秀吉の下で大判を作る後藤家に雇われていた庄三郎が、自分を認めてくれた家康のため、新通貨の小判を武器に通貨戦争を仕掛ける「金貨を延べる」は、経済小説としても秀逸である。 著者は、敵を倒す武将ではなく、無名
■武士たちは、いかに食べ、戦ったか 戦争は戦術・戦略・兵站(へいたん)の3要素から成る。戦術とは戦場でどういう作戦をとるかであり、戦略とは政治や外交を含む幅広い視野のこと。対して兵站とは物資(武器や馬など)の補給であるが、その根本は食料である。「腹が減っては戦はできない」のだ。 戦国の合戦を語るとき、私たちはつい戦術に目を奪われる。桶狭間の戦いは奇襲だったか否か、長篠の戦いの鉄砲三段撃ちは本当か、等々。戦略が語られることは少なく、足利義昭の信長包囲網などが辛うじて当てはまるのみ。兵站となると、もう具体的な様相がまるで分からない。これではいけない。「戦争のプロは兵站を語り、戦争の素人は戦略を語る」(石津朋之氏)というではないか。 戦国大名はどのようにして、どれくらい、兵粮(ひょうろう)を調達していたか。それを知りたければ本書を読もう。そんな感じで書評すればいいかな、と実は思っていた。だが、読
■イラストと給料で進路を考える 今さらながら、インターネット上には実に様々なポータルサイトがある。どうしてこんなにマニアックな分野を扱うのかと疑問を抱くものも少なくないが、山田コンペーが運営するサイト「給料BANK」は多くの職業の給与水準がわかると話題になり、先月、『日本の給料&職業図鑑』として書籍になった。 取りあげられた職業は271種。それぞれにゲームの登場人物よろしく派手なイラストが添えられ、仕事内容の解説とともに平均給料・給与、20代・30代・40代の給料が紹介されている。〈その他〉まで含めて全8章で構成されているのだが、最初に〈IT系職業〉がくるあたりはネットから誕生した図鑑らしい。 個々に見ていくと、弁護士や税理士や医者等よく知られた職種の一方で、高速道路料金所スタッフ、乳酸菌飲料配達員、クリーニング師、カニ漁船漁師、たばこ屋、劇団四季団員、ひよこ鑑定士等も登場して、その幅の広
■少年時代は一生を決める宝 水木しげるさんの仕事から、何か傑作を選べと言われても、途方に暮れるだけである。初期の貸本屋時代に出されたザラ紙本から、現在刊行中の「水木しげる漫画大全集」(講談社)まで、いったい何百冊あるのであろうか。しかも水木作品はすべておもしろい(この点に関してはご本人も太鼓判を押しておいでだった!)のである。私は個人的に気に入っている本を数冊、そっと紹介するだけである。 水木しげるさんは、漫画もおもしろいが、それ以上に座談の名手だった。何時間でもおしゃべりしていたくなる楽しさがあった。一言でいえば、厳しい時代を生き抜いたにもかかわらず、どんな経験をも幸福の材料に変える魔力があったのである。爆撃のため片腕を失ったあと、病院で治療した傷口から「赤ん坊の匂いがした」という話に、私はどれほど驚いたことだろう。 ■玉砕で生き残る そんな座談の懐かしい幸福感を伝える一冊が、子供時代を
本書は、スタジオジブリで27年間アニメーターとして働いた著者による回顧エッセイ集だ。自身がジブリに入社して「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」など代表的な作品の動画チェックを担当するようになるまでと、制作現場での「闘い」の風景が描かれる。 読み所の一つは、身近な立場から見た宮崎駿監督の素顔だ。時に「瞬間湯沸かし器」のように怒ってもその後本人のところに行って必ずフォローを入れる、毎朝散歩して道路のゴミ拾いを欠かさないなど、宮崎監督の人間的な魅力が愛を込めて語られる。同時に、著者が監督らと一人の人間同士としてぶつかり合う様にも大いに惹きつけられる。「ハウルの動く城」制作時、当時部下だった演出助手を交代させると突然告げられプロデューサーの鈴木敏夫氏に直訴しに行くエピソードからは、著者の仕事に対する熱意や矜持が伝わってくる。ジブリの貴重な内部風景録であると同時に、一人のアニメーターを通じ、楽しさや苦
首切りの歴史 [著]フランシス・ラーソン ひとは、「切断された頭部=首」に引きつけられる、と本書の著者は言う。そんな残酷で物見高い精神は持ちあわせていない、と反論するかたもおられると思うが、人類(のかなり多く)は脈々と、首への興味を維持してきたことが、本書を読むとわかる。 フランスでは、斬首刑を人々が見物するのがふつうだったそうだが、死刑執行人の手腕によっては、スムーズにことが運ばないこともあった。そこで考案されたのがギロチンだ。ところが、はじめてギロチンによる処刑を見た人々は、なんと不満を漏らした。「すばやく通り一遍に仕事をこなす機械では、見るべきものがない」と。 第2次世界大戦中、南の島で戦死した日本兵の頭蓋骨(ずがいこつ)を持ち帰ったアメリカ人もけっこういたらしい。居間に飾られた頭蓋骨に、家族も次第に愛着を感じ、そこにあって当然の存在として接した。 著者は古今東西の首にまつわる事例を
けもの道の歩き方―猟師が見つめる日本の自然 [著]千松信也 猟師ほど多方面の技能を要する仕事はない。猟師は罠(わな)や銃を扱える技術者であり、登山に長(た)け、里山の管理をする林業の知識も備え、仕留めた獲物を絶命させ、解体するブッチャーでもあり、動物の生態、特性を知り尽くし、環境、気象の変化にも敏感な自然科学者でなければならない。猟師に較(くら)べれば、産業、情報社会のどんな職業も単純労働に分類されるほどだ。効率化や分業化が徹底された分、個々の人間が潜在的に持っていた能力は活用されることなく、忘れられていったので、明日から猟師になろうと思っても、熊に襲われるのが関の山である。狩猟で暮らした先祖への回帰には容易ならぬリハビリテーションが必要だ。筆者は猟師修業を通じて、それを実践し、学んだことを本書に記しているが、狩猟に対する一般的な思い込みを改める実用的な啓蒙(けいもう)書になっている。樹木
暗渠マニアック! [著]吉村生、高山英男 本書における暗渠(あんきょ)とは、「地下に水の流れが残っている、いないにかかわらず、『もともと川や水路(あるいはドブ)があったところ』」のことだ。アスファルトに覆われて道になっていたり、近隣住民お手製の蓋(ふた)でふさがれていたりする暗渠を見つけ、さまざまな角度から味わうのが暗渠マニアだ。 本書では、「歴史掘り下げ型」の吉村氏と、「俯瞰(ふかん)・分析型」の高山氏が、主に東京都内を中心に、いろんな暗渠へ案内してくれる。写真も豊富で、暗渠を大氷河やフィヨルドに見立てて観賞するところなど、奥深さと着眼点のよさに笑いながら感動した。 私は子どものころ、水路で遊んでいた。本書の分類に従うと、あれは「はしご式開渠」だ。子どもだけが入りこんで冒険する、秘密の通路だった。本書を片手に、ひさしぶりに訪ねてみよう。 暗渠という観点から町並みを眺めると、見慣れた景色が
■教育のあり方に統計解析を あなたの教育観は偏見にまみれている。そんなことはないと思う方は、ぜひ以下の問いに“直感”で答えてみてほしい。 「子どもを勉強させるためにご褒美で釣るのはあり?」「子どもはほめて育てるべき?」「少人数学級は費用対効果が高い政策である」さて、○か×か。 日本人は教育に関心が高い割に、なぜか今でも教育論は個人の経験や主観に基づいて語られることが多い。同じことを医師がやったら批判は免れないだろう。現代の医療は治療の有効性についての“エビデンス(根拠)”に基づいてなされる。ならば教育にも統計的エビデンスを求めるのは自然な流れだ。 ではなぜ、経済学者が教育を語るのか。良い教育のあり方を費用対効果の視点から統計的に解析するためだ。さきほど例に挙げた「少人数学級」について言えば、導入に膨大な費用がかかる割には実効性が低すぎる。同じく大変な費用のかかる教員免許制度については、それ
ISBN: 9784791768462 発売⽇: 2015/01/28 サイズ: 20cm/652,32p 暴力の人類史(上・下) [著]スティーブン・ピンカー 経済活動や衣食住、セックス、芸術など様々な切り口から人類史を振り返る論考は少なくないが、本書は暴力に焦点を絞り、旧約聖書の昔からモンゴル帝国の世界征服、中世の暗黒時代、そして、二十世紀の大戦に至る殺戮(さつりく)の歴史を振り返り、我々は意外にも人類史七千年の中で最も平和な時代に暮らしていると述べている。原題は「我らの本性のよりよき天使」とあるように、人間には暴力を誘発する五種類の「内なる悪魔」と暴力を抑制する四種類の「善なる天使」があり、かろうじて天使が悪魔を打ち負かすことで平和を獲得してきたというのである。 人類の蛮行の百科全書としてのページ数と資料的充実には圧倒される。心理学、歴史学、人類学、社会学、脳科学などあらゆる領域から
毛利元就 武威天下無双、下民憐愍の文徳は未だ (ミネルヴァ日本評伝選) 著者:岸田 裕之 出版社:ミネルヴァ書房 ジャンル:エッセイ・自伝・ノンフィクション 毛利元就—武威天下無双、下民憐愍の文徳は未だ [著]岸田裕之 広島県の西半分を、かつて安芸国といった。同国の国人領主(小大名ほどの存在)から身を起こし、安芸一国の主(あるじ)となり、やがては中国地方一帯に影響力を及ぼす大大名にのし上がる。一代でそれを成し遂げたのが、戦国大名・毛利元就であった。本書は彼の生涯に肉薄していく。 元就は時代を代表する成功者だったから、江戸時代には物語が多く作られた。著者はそれらを潔く、ゴミ箱に捨てる。創作や臆測が含まれているから(だから本書には、有名な厳島合戦の顛末〈てんまつ〉は出てこない!)。信頼度が低い素材ではなく、膨大な古文書・記録や綿密な現地調査だけ。良質な資料を以(もっ)て、著者は巨人・元就に挑む
「戦場体験」を受け継ぐということ ビルマルートの拉孟全滅戦の生存者を尋ね歩いて 著者:遠藤 美幸 出版社:高文研 ジャンル:エッセイ・自伝・ノンフィクション 「戦場体験」を受け継ぐということ―ビルマルートの拉孟全滅戦の生存者を尋ね歩いて [著]遠藤美幸 1944年6月、拉孟(らもう)(中国雲南地方の要衝)の日本軍守備隊1300人と中国の正規軍4万人余との間で、100日間に及ぶ攻防戦が始まった。守備隊は9月に全滅した。 その苛酷(かこく)な戦闘で生き残った兵士たちの体験を丹念に聞きとり、まとめているこの書には、特筆すべき3点の重い意味がある。(1)戦場体験を聞く真摯(しんし)な姿勢(2)個の証言を客観化、俯瞰(ふかん)化する検証能力(3)戦場体験(非日常)へのこだわり。この3点は聞きとりの要諦(ようてい)である。著者はまず自らの来歴を語る。客室乗務員時代にたまたま日航OBの生存兵士と知りあっ
アルピニズムと死 僕が登り続けてこられた理由 (ヤマケイ新書) 著者:山野井 泰史 出版社:山と溪谷社 ジャンル:エッセイ・自伝・ノンフィクション アルピニズムと死―僕が登り続けてこられた理由 [著]山野井泰史 山野井泰史が日本登山史上、最も傑出したクライマーであることに異論をはさむ者はいないだろう。単純な登攀(とうはん)技術なら彼より優れている者が何人かいる。しかし彼ほど死の危険を漂わせた者はいない。登山とは死の危険なるものが優劣の尺度になる唯一の行為であり、彼が傑出しているのは生き残っているからである。本書は短い本だが、山野井泰史が過去四十年間の登山活動で邂逅(かいこう)した死の経歴をつづったような内容になっていて、私は顔を強張(こわば)らせ、手に汗をにじませながら通読した。 最初に語られるのは中学生の時に千葉の鋸(のこぎり)山の小さな岩壁で体験した墜落のことだ。この時、登攀に行き詰ま
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