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ブックマーク / reki.hatenablog.com (19)

  • マヨネーズの歴史 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    Photo by jules フランスの伝統的なソースから世界中で愛される調味料へ 料理をしなくて冷蔵庫が空っぽでも、マヨネーズは常備しているという人は多いのではないでしょうか。 肉・魚・野菜・炭水化物、何にでも合う基の調味料の一つですが、もともとはフランス生まれ。格的なフランス料理に用いられる伝統的なソースの一つでした。 マヨネーズの起源から世界への普及までまとめていきます。 1. マヨネーズの起源とは マヨネーズの起源にはいくつか説がありますが、定説というものは存在しません。 もっとも有名なものが、七年戦争中の1756年6月28日、フランスのリシュリュー公爵が現在のスペイン・メノルカ島にある港町マヨンを陥落させた時のエピソードです。 勝利の祝宴の準備をする際、公爵のシェフはソースを作ろうとしたもののクリームが手に入らず、代用としてオリーブオイルを使いました。果たしてそれが意外に旨く

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  • 1809年ロンドン旧価格暴動 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    劇場チケットの価格値上げで起こった市民暴動 旧価格暴動(Old Price Riots)は、リニューアルされたロンドンのコヴェント・ガーデン劇場の価格値上げに抗議する市民が劇場内につめかけて大騒ぎを演じた事件。 1809年9月18日から約三ヶ月間続いた抗議の結果、劇場のオーナーは妥協し価格据え置きを認めざるを得なくなりました。 パンやガソリン価格の値上げといった生活に密着した価格の値上げではないので、半ばお祭り感覚の暴動ではあったのですが、当時のロンドンの一般市民の感覚が分かる興味深い事件となっています。 1. コヴェント・ガーデン劇場再建 19世紀前半のイギリスでは、劇場は極めて人気が高い施設でした。 小さい町でも一つは劇場があって、コンサート、ダンス、サーカスの公演を楽しむことができました。現代のように様々な娯楽がない時代のこと。富裕層から貧乏人まで、幅広い層が足繁く通っていました。

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  • なぜアップルパイはアメリカを象徴するお菓子になったのか - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    アメリカ人の愛国心を熱くする甘いリンゴのお菓子 1902年、ニューヨーク・タイムズ紙に以下のような文章が掲載されました。 (アップル)パイは我が国の強さと優れた産業創設、我が国の繁栄の秘訣である。英雄のべ物である。わないヤツは永久に負け犬である。 Pie is...the secret of our strength as a nation and the foundation of our industrial supremacy. Pie is the American synonym of prosperity. Pie is the food of the heroic. No pie-eating people can be permanently vanquished. かなり強烈な文章ですが、アメリカ人の愛国心と素朴な感情をよく言い表しています。 アップルパイを上手に焼け

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  • あまり知られていない、世界を変えた科学者列伝 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    現代社会を作り上げた偉大な科学者たちの功績を知ろう 電話を発明したグラハム・ベルや、白熱電球を発明したトーマス・エジソン、ラジウムを発見したキュリー夫人の功績は小学生でも知っています。科学者の伝記は人気があるジャンルなので、子ども向けのがたくさんありますよね。 ですがまだまだ世に知られていない、多大な功績を残した科学者はたくさんいるので、そのような人たちを折に触れてピックアップしていきたいと思います。今回はその初回です。 1. ユーニス・ニュートン・フット 1819-1888(アメリカ) 地球温暖化現象を最初に予見した女性科学者 一般的に温室効果を発見したのはアイルランドの物理学者ジョン・ティンダルと言われていますが、彼が発表した数年前に二酸化炭素が温室効果ガスであることを発表していたのがアメリカの科学者ユーニス・ニュートン・フットです。 それは1856年にアメリカン・ジャーナル・オブ・

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  • 聖母マリアはイエスの死後どこで何をしていたのか - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    聖母マリアの「老後の人生」とは 聖母マリアはキリスト教の宗教絵画に頻繁に描かれます。 天使から神の子を授かったとお告げを受ける「受胎告知」、イエスが馬小屋で生まれた「キリストの降誕」、幼いイエスを抱いた「聖母子像」、磔刑で死んだイエスを抱いて嘆き悲しむ「ピエタ」あたりがメジャーどころ。そのほか、妊婦の時や事のシーンなどさまざまなシーンが描かれています。 聖書の主要キャラクターの一人の印象すらありますが、実際のところマリアはあまり聖書には登場しません。大部分が聖書の記述を元に想像で描いたシーンです。中には「マリアの死」というモチーフの絵画もあります。ベッドに横たわりイエスの弟子たちに囲まれる姿が描かれるのが常ですが、これも想像。聖書にマリアの死は描かれていません。描かれていないのでマリアはイエスが死んだ後どういう人生を送ったか不明ですが、2つの説が存在します。 1. 聖書に記述のあるイエス

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    chintaro3 2019/03/15
  • 歴史的な価格下落をした6の通貨 - ハイパーインフレはなぜ起こったのか - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    お金とは何なのか、を考えざるを得ないハイパーインフレの世界 2007年から2009年にかけてジンバブエ・ドルが狂ったようなインフレを起こし、最後は100兆ジンバブエ・ドルまで発行されたのは記憶に新しいと思います。 この件は結構ネタ的に語られることが多かったですが、実際銀行に預金をしていたであろう庶民はたまったもんじゃありません。預金にあった1000万円が、ある日1円まで値下がりしてたみたいな話ですからね。庶民もバカじゃないので、金やドルに変えて持っておくとかそれなりの自衛策はやるんでしょうが、経済や市場は大ダメージを受け庶民生活にも影響があるのは必然でしょう。 今回はかつてハイパーインフレを起こした6の通貨から、どのようなタイミングで起こるものかを学んでいきたいと思います。 1. ハンガリー・ペンゲー(1945-1946) 国民生活の保証のために大量に紙幣を刷ったことで発生 史上起こったハ

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  • 東南アジアの火薬庫「タイ深南部紛争」はなぜ起こったか - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    タイからの分離独立を図る「タイ・ムスリム」の武装闘争 「タイ深南部」と言われるナラーティワート県、パッタニー県、ヤラー県にソンクラー県を加えた4県は、現在でもタイからの分離独立を図る武装闘争が盛んな地域です。 元々この地域には、隣国マレーシアのクダ州、クランタン州、トレンガヌ州、プルリス州を含む地域を領有するイスラム王国「パタニ王国」が存在しました。 しかしシャム(タイ)に征服されて以降、連綿と抵抗運動が続いています。 1. パタニ分離主義者によるテロ活動 タイ深南部での暴動・テロは、パタニ王国がシャムに征服された19世紀から2000年代まで連綿と続いています。武装組織によるテロや襲撃に対し、タイ軍も報復や暗殺を敢行しさらなる復讐の応酬が続き、解決の見通しは一切立っていません。 2000年以降に起きた暴動やテロ、それに対するタイ軍の攻勢は主要なものでも以下の通り。 2004年1月4日:ナラ

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    chintaro3 2018/11/20
  • 【太平洋戦争】日本軍が起こした忘れられがちな虐殺事件 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    事実として認めたほうがいい過去 日軍が起こした虐殺事件で最も有名なのは南京大虐殺です。 これはいまだに議論が盛んで、どういうわけかこの話になると普段は論理的な人も冷静さを失うほどです。 中国政府が発表する犠牲者の数が年々増えたり、多分に政治利用されているフシはありますが、火のないところに煙は立たないというか、数はともかく事実として事件はあったはず。 この、事実として受け入れるということが大事で、外からみたら日の右派的な言説があれこれイチャモンをつけてなかったことにしようとしているように見えるので、かなり心象が良くないです。 今回は日でも忘れられがちな「日軍の虐殺事件」を見ていきたいです。 1. ラハ飛行場虐殺事件(1942年2月) 掃海艇破壊の報復で300名以上のオーストラリア兵とオランダ兵を虐殺 蘭印攻略を進める日軍は1942年1月からアンボン島を空襲し、2月からオーストラリア

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  • 【太平洋戦争】日本の無条件降伏反対派による蜂起事件 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    徹底抗戦派によるクーデター・蜂起・騒乱事件 1945年8月15日に日はポツダム宣言を受け入れて無条件降伏し、天皇陛下による玉音放送によってその事実は戦闘中の軍人及び民間人に広く伝達されました。 大部分の人はそれを受け入れたようですが、中には「降伏はありえない」としてあくまで徹底抗戦を主張する人もいました。 「日男児たるもの最後の一兵になるまで戦うべし」などと教え続けてきたから、気でそう考えるやつが出てきても無理はありません。 8月15日近辺で起きた、降伏反対派による事件をピックアップします。 1. 西部軍による九州独立構想 九州を独立させ徹底抗戦をする構想 西部軍は連合軍の日土侵攻に備え、中国・四国・九州を統括するために設置された陸軍の組織で、昭和20年九州全域の地上作戦を任務とする「第16方面軍」、警備や補給、地方機関との連携を任務とする「西部軍管区」に分けられました。 8月1

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    chintaro3 2018/08/13
     少なからずヒロポンで頭がおかしかった連中の話ということも考慮して見る必要がある
  • 「スペイン領フィリピン」が世界史にもたらしたもの - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    世界の経済史を決定的に変えた東南アジア〜北米航路 東南アジア史はどういうわけか、日ではあまり人気がない分野です。 日史との接点も少なくないし、世界史に与えた影響も大きいんですが、歴史好きを公言する人でも東南アジア史の概要すらロクに知らなかったりする。それは一般的な日人の東南アジア全般への関心の低さとも連動している気がします。 というわけで、今後歴ログでは東南アジア史を強化していこうと思っています。 今回は、いかに東南アジアが世界に与えた影響の大きさの好例として、「スペイン領フィリピン」の成立とその役割を追っていきたいと思います。 1. スペイン人到達前のフィリピン 現在のフィリピン共和国は、ミンダナオ島やルソン島を始めとした大小7107の島々で構成されています。これらの島々が「フィリピン」という政治的枠組みで統合されたのはスペインアメリカの植民地支配によるもので、17世紀以前はこれ

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    chintaro3 2017/06/06
  • 【コブラ効果】全くの逆効果になった5つの法律 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    全くの逆効果になってしまった法律 逆効果というのは世の中に溢れています。 ダイエット品をべすぎて太ってしまった。 健康のためにサウナに行ったら貧血で倒れてしまった。 コストを下げるためにレイオフをしたら会社の業績が下がってしまった。 そしてこのような逆効果を国単位でやらかしてしまった事例もたくさんあります。 1. コブラの数が増えてしまった「コブラ駆除法」 コブラの死骸に報酬を出した結果 大英帝国支配下のインド・デリー。 大のヘビ嫌いのイギリス人知事は「コブラを駆除し届けて出た者には報酬を出す」というお触れを出しました。 当初は人々はせっせと野山に出かけてコブラを狩って報酬を得ていたのですが、次第により大規模により効率的に報酬を得ようとするものが現れ始めます。 なんと、デリーの町中のあちこちに「コブラ農場」がオープン。 農場ではコブラを交配して飼育し、ある一定まで成長したら殺害。そして

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  • 【WW2】ハンガリーが枢軸国側で参戦した経緯 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    大ハンガリーの領土回復への夢と絶望 第二次世界大戦の枢軸国の主要参戦国は、日ドイツ、イタリアばかりがクローズアップされますが、ルーマニア、ブルガリア、フィンランド、クロアチア、タイなども枢軸国側に立って参戦しています。 ハンガリーも枢軸国の一員になった国で、ソ連とアメリカに宣戦布告し主に東部戦線でドイツ軍と共に戦いました。 ハンガリーも他の枢軸国側と同じく親独・親伊一辺倒だったわけではなく、ハト派や保守派が何とか国を中立に維持させようと努力しますが、結局強力なドイツの外圧と国内急進派によって国を牛耳られていきました。 今回はハンガリーが枢軸国の一員になって破滅的な戦争に向かっていった経緯をまとめていきます。 話はオーストリア=ハンガリー帝国時代に遡ります。 1. 帝国の支配層としてのマジャール人 1-1. 自治を求める戦い ハンガリーの支配的民族であるマジャール人は、オスマン帝国の支配

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    chintaro3 2016/05/26
    「ルーマニア、ブルガリア、フィンランド、クロアチア、タイなども枢軸国側に立って参戦」 知らんかった
  • なぜハンガリーには義賊がたくさんいたのか - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    "義賊大国"ハンガリー、その社会的背景 弱きを助け、強きを挫く。農民の味方・正義の義賊。 世界各地に義賊はいるのですが、特に義賊の数が多く社会や文化に根ざしていたのが中央ヨーロッパとバルカン諸国。 このブログでは初期の頃に、18世紀〜20世紀の義賊を紹介する記事を書いており、スロヴァキアのユライ・ヤーノシークや、ハンガリーのロージャ・シャーンドル(上記写真)についても言及しました。 今回のテーマは、なぜこれらの地域で義賊がたくさん出現したのか、です。 1. なぜ盗賊は発生するか 世界的な義賊研究の権威E.J.ホブズボームによると、 盗賊が「義賊」として認識されるには以下の要因があるそうです。 農民社会の周縁部に生き、いつでも元の農民に復帰できること 義賊になるきっかけが名誉なものであること 豊かなものから奪い貧しいものに与えること 無意味な殺害はしない、悪を正すということ そして義賊は、部

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  • 続・世界のバカバカしい法律15選 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    こんなものどうやって守れというのか 前記事「世界のバカバカしい法律7選+α」では、イギリスを中心に当にあったとんでもない法律を紹介しました。 今回さらにグレードアップして、どうやって守ったらいいのか分からないくらいバカバカしい法律をご紹介します。 こっちは笑って終わりますけど、その国の人にとっては笑い事じゃないですよね。 もし自分がその国の人だったらどう思うだろうと考えながら見たら、結構複雑な気分になるやもしれません。 それではいきます。 1. 死んではいけない(ブラジル・ビリチバ・ミリン) ブラジル・サンパウロから東に80キロのところにあるビリチバ・ミリンは農業が主産業の緑豊かな町。 町の多くが自然保護区なため、開発できる土地は限られており、特に深刻なのは「墓地」の土地が足りないこと。 2005年、約100年前に創設された墓地の空きがなくなったことを理由に、ホベルト・ペレイラ・ダシルバ

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  • エジプト農村がブラック搾取社会となるまで - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    グローバル経済の下部構造と化したエジプト 「エジプトはナイルのたまもの」 とは古代エジプト世界の豊かさを称した言葉ですが、あまり豊かすぎるのも考えものかもしれません。 エジプトは16世紀初頭から19世紀初頭までオスマン帝国に組み入れられ、「辺境」の豊かな生産地としてオスマン帝国各地へ農作物などを供給しました。 しかし伝統的な農村社会と労働様式を有したまま近代を迎えたエジプトは、ムハンマド・アリー朝とその後のイギリスによって、グローバル資の下部構造に組み込まれ、出口の見えないモノカルチャー地獄に突入。 畑いっぱいに実る綿花は、ヨーロッパ資による独裁とエジプト農民の塗炭の苦しみを象徴するものとなりました。 今回はなぜ豊かなエジプトが、ブラック社会に転落していったのか、その過程を追っていきたいと思います。 1. イギリス綿工業の世界展開 インド綿を駆逐するイギリス綿 18世紀以前、世界最高の

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  • 【移民】白人社会に大量の中国人がやってきた結果 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    押し寄せる中国人移民に最適な対策とは アメリカやオーストラリアは、もともとイギリス系移民を中心とした人々がその中核を成す国です。 特にアメリカは、ピューリタニズムを根幹としながらもプラグマティズムでうまいこと骨抜きにした理想主義を掲げ、白人のための活気ある平等社会を構築していました。 そこに19世紀半ばごろから、一攫千金を夢見て大量の中国人移民がやってきました。 なんだこいつらは。 戸惑う白人たち。 ところが、 アメリカとオーストラリアの中国人移民対策はそれぞれ異なり、しかも全く異なる結果を出すことになりました。 1. なぜ中国人移民が大量流入したか 安価な労働力としての中国人 イギリスは1834年に奴隷制を廃止しましたが、プランテーション農園など大量のマンパワーを必要とする産業に経済依存しており、奴隷に代わる安価な労働力を求めていました。 注目されたのが、アヘン戦争に敗れた清国の中国人ク

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    chintaro3 2015/04/17
  • 【インド】未亡人の後追い自殺はなぜ起こるか - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    先立った夫を追って自ら火の中に飛び込む 「サティー」をご存知でしょうか。 日語に訳すと「寡婦焚死」となるのですが、一言で言うと「未亡人の後追い自殺」です。 古代インドから現在まで続くインドの土着文化で、夫が死んだ後その遺体を焼く火の中に飛び込んで後追い自殺することが「良きの鑑」とされ賞賛されます。 ちょっと我々には理解しがたい文化です。 昔からインドの為政者はこの風習を止めさせようとしているのですが、なかなか撲滅するには至っていません。 なぜサティーは現在まで続いているのか、調べてみました。 サティーとはどういったものか 花嫁衣装で火に飛び込む 1999年11月、ウッタル・プラデーシュ州に住む女が病気で夫を亡くし、夫の遺体を焼く火の中に飛び込んで焼死しました。 女性は花嫁衣装を身に着け、数百人の村人が祈りを唱えながらその様子を見守ったといいます。 彼女がサティーをすることは事前に噂で

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    chintaro3 2015/02/12
    ほえー
  • 脆く崩れたアラブ統一国家・アラブ連合共和国 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    カリスマ指導者の夢の残骸 「イスラムの統一国家の実現」 と聞くとイスラム国(ISIS)を連想しますが、 そのような大イスラム国家の建設の主張はずっと昔から変わらず存在します。 イスラム国は武力でそれをやろうとしていますが、 平和的にやろうとしたのが「バース党」。 アラブの統一を掲げるバース党はエジプトのカリスマ指導者・ナセルをシンボルにしてアラブの連合国家を作り、最終的には全アラブ国家の参加を目指しました。 ところがわずか3年で内部分裂。 その後のアラブ連合の取組みも、ことごとくうまくいきませんでした。 なぜアラブ連合はうまくいかなかったのか。 これまでうまくいっているように見えたEUにも綻びが見え、実際にイスラムの統一を目指して武力闘争を続けるイスラム国が勢力を強めるいま、よい反面教師になるはずです。 1. アラブのヒーロー・ナセル ナセル(1918-1970)は、エジプトの初代大統領に

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  • 史上最大のいたずら「偽エチオピア皇帝事件」 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    イギリス海軍が騙された「偽エチオピア皇帝」 この事件は1910年、ケンブリッジ大学の学生を中心としたグループが、 「イギリスを訪問中のエチオピア皇帝一行」に扮して、時のイギリス海軍をすっかり騙してしまった、という伝説的ないたずら事件です。 騙された当の海軍は激怒しますが、イギリス国民は海軍のマヌケっぷりに大笑いしたそうです。 ケンブリッジ大学の学生ヴェア・コール 事件の首謀者の1人ヴェア・コールは、ケンブリッジ大学の学生で家は大金持ち。 趣味はいたずら。 趣味を実行する時には莫大なカネを使って、「ガチ」のいたずらを仕掛けていました。 例えば、労働党の党首マクドナルドに変装して偽の労働党集会を開き、 労働組合をクソミソにこき下ろす一方、政敵のトーリー党を賞賛して労働党支援者を唖然とさせたり、 ヴェネチアのサンマルコ広場にトラック数台分の馬糞をまき散らしたり、 とにかくいたずらで人を驚かせるこ

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    chintaro3 2014/11/30
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