大学三年時、はじめて井原西鶴の浮世草子を真剣に読んだ。正直に白状するが、面白さどころか内容からほとんど理解できず、専ら『対訳西鶴全集』の口語訳を頼りに必死に読解に取り組んだ。そして命からがら読み終えたとき、唐突に出てくる謎の人名は何なのかと不思議に思ったものだ。それが刊記(現在の奥付)に刻まれる板元名であると知ったのは、しばらく後のことだった。 西鶴浮世草子の主要な板元は、おおまかに言えば、前半の貞享年間(1684-88)では大坂の岡田三郎右衛門・森田庄太郎で、後半の元禄年間(1688-704)になるとその二軒は撤退し、やはり大坂の雁金屋庄兵衛らが登場する。しかし江戸においては、それはほとんど一貫して万屋(よろずや)清兵衛から売り出されている。この本屋は一体何者なのか。その素朴な疑問が、本書の出発点である。 万屋清兵衛は、江戸の地で八〇年以上、少なくとも三代にわたって出版活動を行い、京・江