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茂木健一郎 クオリア日記: 「藩」の正体は、「脱藩」して初めてわかる。
坂本龍馬は、満26歳の時に、和霊神社に参拝し、水杯で武運長久を祈り、そして、「脱藩」していった。... 坂本龍馬は、満26歳の時に、和霊神社に参拝し、水杯で武運長久を祈り、そして、「脱藩」していった。土佐藩という「組織」から離れてひとりの人間として自由に活動したことが、その後の「海援隊」結成、「薩長同盟」締結、そして「大政奉還」の実現といった偉業を成し遂げる上での基盤となった。 ここで興味深い事実は、龍馬の生きていた江戸時代には、「藩」という言葉はなかったということである。一部の用例を除いて、「藩」という呼称が使われることはほどんどなかった。明治に入り、いわば旧時代の体制を認識するための概念として「藩」という呼称が使われるようになったのである。 その藩も、1869年に諸大名が天皇に領地、領民を返還した版籍奉還、さらには「藩」を廃して「府」や「県」とした1871年の「廃藩置県」によって解体され、消滅することとなった。1867年の「大政奉還」からわずか4年。「藩」という呼称が広く使われるようにな
2010/07/14 リンク