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辰野登恵子の色彩と空間の閉鎖性を理解するには、マティスの開放的な作品を見れば、面倒な理屈はいらな... 辰野登恵子の色彩と空間の閉鎖性を理解するには、マティスの開放的な作品を見れば、面倒な理屈はいらない。それで、《金魚とパレット》や《赤い部屋》をふくめて適当な作品がないか、MoMAの『アンリ・マティス回顧展』(92/93)のカタログをめくっていたら、《Shaft of Sunlight the Woods of Trivaux》という作品が目についた。 注意をひいたのは、作品そのものではなく、「Shaft of Sunlight」というタイトルの方だった。真ん中の白い帯が「Shaft of Sunligh」ということらしい。そう言われて、はじめて、その絵がなにを描いているか判った。それと同時に、辰野登恵子の《中心集中》の上から棚に差し込む一条の光を思い出した。「光とペンキ」の判別がつかない例の辰野登恵子のトリックのことだ。 左=《中心集中》2010年 辰野登恵子 右=《Shaft of S