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第九話 初陣後の悩み - 毛利輝元転生 ~記憶を取り戻したら目の前で備中高松城が水に沈んでるんだが~(のらふくろう) - カクヨム
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第九話 初陣後の悩み - 毛利輝元転生 ~記憶を取り戻したら目の前で備中高松城が水に沈んでるんだが~(のらふくろう) - カクヨム
天正十一年八月。安芸国呉鎮守府。 私は呉の鎮守府にもどっていた。西園寺家討伐よりひと月、長宗我部は... 天正十一年八月。安芸国呉鎮守府。 私は呉の鎮守府にもどっていた。西園寺家討伐よりひと月、長宗我部はピタリと動きを止めた。元親は未だ白地城にとどまっているようだが、副将格の弟香宗我部親泰は阿波、嫡男信親は土佐、三男親和は讃岐にもどったことが確認されている。明らかに今の領国を守る体制だ。 南伊予を任せた土居清良は西園寺旧臣を再編成して防衛ラインの強化をしているし、宍戸元続も南伊予に置いている。伊予に渡った国衆たちの半分以上が引き上げたが、港山城には輪番で詰めさせている。 ただ未だ長曾我部元親から返書が届かないのが気になる。 形式的には長宗我部と戦争はしていない。だが一触即発までいった以上は起請文の一つも交わしておくのが作法だ。「今後は隔意なく何事も話し合っていきましょう」というやつ。もちろん文面通りの意味ではなく、とりあえず戦争はやめとこうという相互確認だ。 まあこの時代、一ヶ月くらいは遅れた