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韓国のコンテンポラリー写真事情 ― 2010年代を中心に:写真以降(はじめに)文:紺野優希|FOUR-D note's
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韓国のコンテンポラリー写真事情 ― 2010年代を中心に:写真以降(はじめに)文:紺野優希|FOUR-D note's
韓国のコンテンポラリー写真事情 ― 2010年代を中心に:写真以降 #0 はじめに #1 イメージと画像の狭間... 韓国のコンテンポラリー写真事情 ― 2010年代を中心に:写真以降 #0 はじめに #1 イメージと画像の狭間で #2 仮に平らだとすれば #3 ひょっとすると、ロマンチックは抜け殻 本稿では、韓国のコンテンポラリー・アートにおける写真(作品)について分析する。だがここでは、韓国の国民性や韓国らしさ、また時代区分に基づくディスクールを紹介するわけではない。本稿の目的は、作品に焦点を当てながら、今日の韓国のアートシーンで写真というメディウムがどのように扱われているかについて、紹介することである。それはモチーフ(インターネット上の画像など)に限った話ではなく、メディウムの変容や折衷、受容態度の変化を、作品をとおして表している。本稿は、「イメージと画像の狭間で」「仮に平らだとすれば」「ひょっとすると、ロマンチックは抜け殻」の3つのテーマに沿って、韓国のアーティストと作品を紹介する。 (1) イメ