エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
伊丹十三がいちばん作りたかった映画|吉田伊知郎/モルモット吉田
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
伊丹十三がいちばん作りたかった映画|吉田伊知郎/モルモット吉田
やりたいことだけを詰め込んだ映画 初監督作『お葬式』(84年)で、一躍映画監督として脚光を集めた伊... やりたいことだけを詰め込んだ映画 初監督作『お葬式』(84年)で、一躍映画監督として脚光を集めた伊丹十三。 それまで『北京の55日』(63年)などの海外の大作に出演する国際俳優・エッセイスト・テレビタレントとして知られてきたが、日本では80年代前半、『細雪』(83年)、『家族ゲーム』(83年)で助演男優賞を受賞するなど、俳優としての評価が高まり始めた矢先の映画監督への〈転職〉だった。 『お葬式』の大ヒットと、各映画賞の総ナメの記憶も新しい翌1985年、監督第2作『タンポポ』(85年)を発表。そして第3作『マルサの女』(87年)で〈映画監督・伊丹十三〉の名を不動のものに。 矢継ぎ早に特異な視点から話題作を発表し、停滞する日本映画のスター監督となったものの、映画評論家からの評価は、『マルサの女』をピークに下降線をたどり、低調が続いた。逆に興行成績はどんどん前作を上回っていくことから、どうやら伊