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1998年という「音楽シーンの特異点」、そして、その時にhideがいた場所|柴 那典
5月2日は、hideの21回目の命日。 毎年開催されてきたhideを偲ぶ会のことは、ニュースにもなっていた。 ... 5月2日は、hideの21回目の命日。 毎年開催されてきたhideを偲ぶ会のことは、ニュースにもなっていた。 僕自身は、リアルタイムでリスナーではあったものの、熱心に追いかけてきたファンだったというわけではない。 それでも、ここのところ、平成の日本の音楽のヒストリー、特に00年代以前には強くあった「洋楽と邦楽の壁」という問題について考えているときに、hideの存在がとても重要だったんだということを改めて考える機会があった。 そして、hideが残した「ピンク スパイダー」という一曲が、いろんな意味で時代の先を行っていたんだ、と考えるきっかけがあった。 というのも、最近、『オルタナティブロックの社会学』を著した南田勝也さんが編著に携わった『私たちは洋楽とどう向き合ってきたのか――日本ポピュラー音楽の洋楽受容史』という本を読んだから。 とても興味深く、おもしろい一冊だった。 で、この本の序章には
2019/05/03 リンク