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井上ひさし「あくる朝の蝉」/日本ペンクラブ:電子文藝館
井上 ひさし いのうえ ひさし 小説家・劇作家 1934.11.17 山形県に生まれる。 第十四代日本ペンクラ... 井上 ひさし いのうえ ひさし 小説家・劇作家 1934.11.17 山形県に生まれる。 第十四代日本ペンクラブ会長 直木賞 掲載作は、昭和四十八年(1973)九月「別冊文藝春秋」初出。 あくる朝の蝉 汽車を降りたのはふたりだけだった。 シャツの襟が汗で汚れるのを防ぐためだろう、頸から手拭いを垂した年配の駅員が柱に凭(もた)れて改札口の番をしていた。その駅員の手に押しつけるようにして切符を二枚渡し、待合室をほんの四、五歩で横切ってぼくは外へ出た。すぐ目の前を、荷車を曳いた老馬が尻尾で蠅を追いながら通り過ぎ、馬糞のまじった土埃りと汗で湿った革馬具の饐(す)えた匂いを置いていった。 土埃りと革馬具の饐えた匂いを深々と吸い込んでいると、弟が、追いついてきて横に並んだ。弟は口を尖らせていた。ぼくがひとりでさっさと改札口を通り抜けたことが、自分が置いてきぼりにされたことが不満なのだろう。 「思い
2010/04/13 リンク