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父親不在の日本社会 (毎日新聞連載「時代の風」/ 山極寿一先生) | 霊長類学・ワイルドライフサイエンス・リーディング大学院
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父親不在の日本社会 (毎日新聞連載「時代の風」/ 山極寿一先生) | 霊長類学・ワイルドライフサイエンス・リーディング大学院
約20年前に出した本を復刊することになった。「父という余分なもの」というのがそのタイトルである。... 約20年前に出した本を復刊することになった。「父という余分なもの」というのがそのタイトルである。当時、「人間にとって父親は無用なのか?」と問いただされた記憶がある。真意は、「動物にとって余分なものである父親を作ったことが、人間社会の基本になっている」ということにある。動物のオスは子孫に遺伝子を提供することはあっても、常時子供の世話をする父親になることはまれだ。哺乳類では、育児がメスに偏っており、オスが育児に参加するのはオオカミなどの肉食動物にほぼ限られている。 ではなぜ、人間の社会は父親を作ったのか? それは人間が頭でっかちで成長の遅い子供をたくさん持つようになったからだ。豊かで安全な熱帯雨林を出て、危険で食物の少ない環境に適応するため多産になり、脳を大きくする必要に迫られて身体の成長を遅らせた結果である。母親一人では育児ができなくなり、男が育児に参入するようになった。しかし、育児をするだ