高校の場合、教師から受け取る知識と教師に与えた知識はほぼ100:0だった。 大学では、教養課程を除いては、教官から受け取る知識と、教員に提供する知識、労働力の比率が逆転した。 なにかを研究しようとしたら、教官が知っている知識は学生は知っていて当然、それ以上の情報をあつめ、仮説を立て、裏づけができないとならない。 もちろん、美味しいところは教官がもっていく。 それによって研究費をとり、しかしそれも結局は大学が吸い取る。 大学が駅ビルで、研究室がテナントで、教官はそれぞれのテナントの店長。 学生はそこのバイト。 研究といっても、実務は華々しいことばかりではない。 掃除みたいな雑用から泥仕事、危険な作業、そういうことのほうが多い。 いきあたりばったりの興味本位での卒論は許されなかった。 研究費に結びつかない(と思われる)研究に時間とお金を裂く時間も体力もなかった。 目的の研究の過程で起きたトラブ
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