ゲンロンの東浩紀さんと上田洋子さんに聞く「教養とは何か?」。前編の①では、教養は何かの役に立つものでもなければ、必要に迫られて身につけるものでもない……そんな話をお聞きしたが、それでは教養とはいったいなんのためにあるのか? 核心部分に迫る後編の②をお届けする。
「AIが人類を超える」――神秘的で夢想的な主張は危険だ。批評家/作家の東浩紀氏による「ハラリと落合陽一 シンギュラリティ批判」を一部公開します。(「文藝春秋」2022年5月号より) ◆◆◆ 専門家もパニックに陥っていた パンデミックは3年目に入った。オミクロン株の流行はいまも進行中だ。 この混乱を後世がどう総括するのか、現時点ではまったく予想がつかない。初期にはこれをきっかけに現代文明は大きく変わるといった言説がメディアを席巻していた。とはいえ、なにごとにせよ当事者は事象を過大評価するものである。終わってみれば意外とあっさりした位置づけになるかもしれない。 ただこの時点でひとつだけはっきりしていることがある。それは現代社会がまだまだパニックに弱いということだ。 新型コロナ感染症は、既存の風邪より致死率が高く感染力も高い。けれども天然痘やエボラ出血熱ほど致死率が高いわけではなく、はしかほど感
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