幕末から明治に移る激動の時代。韮山反射炉は外国の脅威に対抗するために、日本の工業技術の粋を集めて作られました。その、韮山反射炉建造に尽力した韮山代官、江川英龍(えがわひでたつ)は、日本の発展のために先見の明と才能を存分に発揮した偉人。「パン」を日本に広めた“パン祖”としても知られますが、高い功績を残しながらも、なぜか歴史の教科書に載らず、一般にあまり知られていません。いったいどんな人だったのでしょうか。その謎を知る旅に出かけました。 伊豆箱根鉄道駿豆線「伊豆長岡駅」から周遊バスで約10分。のどかな田園風景と自然豊かな山々を眺めながら、韮山反射炉へとやってきました。 韮山反射炉は、2015年7月、世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産23カ所のうちの1つ。 2016年12月11日には、敷地内に韮山反射炉の情報発信拠点となる「韮山反射炉ガイダン