文・宇野重規本書は戦後日本の政治学を主導した丸山眞男のデビュー作である。1940年から44年までの間に発表された三つの論文から構成されるが、特に江戸時代における「国民主義」の形成を論じた第三論文に至っては、出征のその朝に新宿駅で同僚の辻清明に原稿が手渡されたという。いずれも鋭い緊張感の下、丸山独自の鮮やかな論理展開が示されるが、今となっては古めかしい文体の下に、若き日の政治学者の知的興奮と不屈の精神がうかがえる。 しかし、この本を現代の僕らはどのように読むべきなのだろうか。伊藤仁斎−荻生徂徠−本居宣長を中心とする江戸思想史の研究書として読むなら、問題点は明らかだろう。何より、著者自身、後年認めているように、江戸の「正統的イデオロギー」である朱子学が仁斎・徂徠らの批判を受けて解体したという図式自体がもはや成り立たない。朱子学が社会的イデオロギーとして普及したのは古学派の挑戦と同時代であり、そ