「物質と記憶」発表の前年(1895)、ベルグソンは「良識と古典学習」と題された講演を行っています。これは10代の学生を対象とした講演で、死後刊行された「エクリ・エ・パロール」という小論集に収められています。半ば儀礼的な講演であるにもかかわらず、ベルグソンの考える良識(常識)というものがほぼ十全に分析されていると言っても過言ではありません。 一口に常識といっても肯定的に受け取られる場合もあれば、軽侮に近い扱いを受けることもあります。常識は生き物であり、他の多くの観念と同様、簡単に分析のできる単純な対象ではありません。ベルグソンがここで試みているのは、常識という対象の分析というよりも、常識という新しい観念の創造だといったほうが適切かも知れません。 ベルグソンが繰り返し注意を喚起しているところですが、人間の感覚は事物を正しく認識することを機能としているわけではありません。味が甘いか辛いか、熱いか