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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (6)

  • おかあさんの貯金 - 傘をひらいて、空を

    まだ荷物の検査をしなくて大丈夫ですねと彼女は言った。座って待ちましょうと私はこたえた。彼女は彼女の娘に低く甘い声で私にはわからないことばを与えた。 彼女は日で八年働いて、これから中国に帰る。彼女の娘は七つで、就学に合わせて母親のいる日に来て、もちろん一緒に帰る。彼女が日を離れるのは日曜日だと聞いたので、お見送りをしますと私は言った。空港まで行きますよ、いつだったか、日に来るとき旦那さまがお見送りしてくれてうれしかったって言ってたじゃないですか、日から戻るときの見送りがあってもいいんじゃないですか。 彼女とは何度か一緒に仕事をした。私は彼女を頼りにしていた。彼女はたいていの場面で大丈夫ですと言ってのけた。そして実際に、大丈夫にした。 彼女は体調が悪そうなそぶりを見せず、定められた期限を過ぎず、声音や表情のつくりかたがおかしくなることがなかった。誰もが彼女を強靱な人として認識していた

    おかあさんの貯金 - 傘をひらいて、空を
    ggg123
    ggg123 2011/01/13
    とうとうネイティブのようにならなかった彼女の日本語を、私はとても好きだった/この一文がとても良いと思う。
  • 人生が訪れる日 - 傘をひらいて、空を

    彼女は生まれてから今までずっと住んでいる家と、そこから徒歩十分のところにあるペットショップを往復して暮らしている。ペットショップは彼女の両親が所有する建物の一階に入っている。住宅街にある小さい店だ。 小さいから犬ややハムスターのほかに少しの熱帯魚も置いてある。家庭用の水槽がひとつきり、彼女がアルバイトのようなかたちで店番を始めた十五年前から数えて十匹しか売れていない。私が飼ってるペットみたいだと彼女は思う。 犬やは彼女のペットみたいではない。それらはいつも子どもで、いつもいなくなる。いなくなる時期が遅くなればなれば値引きに値引きを重ねて、ゼロになる。 彼女は大学を出てすぐにペットショップで働きはじめた。母親と交代だ。父親は会社員で、ペットショップには興味がないように見える。彼女は毎朝六時三十分までにベッドを出る。母親と分担している家事を済ませ、八時四十分までに自宅を出て九時前にペットシ

    人生が訪れる日 - 傘をひらいて、空を
    ggg123
    ggg123 2010/09/29
    人生は拒んでも多分訪れるだろうけど、勇気ってなんだろう?と私はいつも思う。目を瞑って走り抜けたあとで結果が受け入れられるものなら、後悔の代わりにあそこで勇気だしてよかった。に、なるのかなって気もする
  • 釘のない生活 - 傘をひらいて、空を

    そういえば私もワタナベ以来恋愛に縁がないね。彼女はそう言い、私はとりあえず荷物を網棚に収め、それから訊いた。ちょっと、ワタナベさんの後につきあってたタシロさんと、あとほら、ヨシくんの立場はどうなる。 うん、その二人もちゃんと彼氏だったよ、でもそれは恋愛とは少し違う気がするんだよね。彼女はそう言い、窓際に座っていいよと言った。私たちはささやかな休暇をとり、特急列車に乗って涼しいところへ行こうとしていた。 べつに不真面目につきあってたわけじゃなくって、ただ、彼らとはただ楽しく過ごしただけで、なんというか、そこに必然性みたいなものはなかったし、強い執着もなかったと思うんだ。それは彼らが悪いというのではなくて、うまく言えないんだけど、私はいろいろあって二十七、八で人間ができあがっちゃった気がするのね。 私はうなずく。私は十五のときから彼女を知っているけれども、たしかにそのあたりで彼女はさまざまな経

    釘のない生活 - 傘をひらいて、空を
    ggg123
    ggg123 2010/08/05
    「女にとって男とは、愛を引っ掛けるための釘に過ぎない」じゃなかったかな。あと「釘」は年取ると案外でてくると思う。健康とか容姿の衰えとかいろいろ。
  • 子どもの日の思い出 - 傘をひらいて、空を

    これ撒いて、私のまわりに。彼女はそう言って私に小さい四角い紙包みを手渡した。私たちはターミナル駅の真上のビルディングに入った店で待ち合わせをして、軽くおしゃべりするつもりでいた。それなのに彼女は非日常的な飾りけのない黒い服を着てあらわれた。それは完璧な黒さだった。隙のない襟元、膝下数センチの裾、布張りの小さい鞄、匿名的なかたちのローヒールシューズ。 あの、こんなことしてて、いいの。席に着いてからそう訊くと彼女は眉を上げ、片手を上げてジントニックをくださいと注文する。いや、不幸があったみたいだから、みたいっていうか、そうなんだよね、だったら、私と会うのなんか、いいのに。私がそう言うと彼女は、気が滅入るから少し話してくれると助かる、と言った。死んだのは父なの。 彼女は早くに家族と連絡を絶って働きながら大学に行き、職を得た。二年前に住所を変えたとき、ちかごろは引っ越しが楽だよと言っていた。不動産

    子どもの日の思い出 - 傘をひらいて、空を
    ggg123
    ggg123 2010/07/20
    心置きなく憎めるというのは、ある時期生きる力のようなものになる。ただいつか、多分身近な人がその憎悪を受け取ることになるのではないだろうか。憎しみとは違う何かの形で。
  • 私のうつくしい老後 - 傘をひらいて、空を

    友だちとバーゲンに行って、いいだけ買い物をした。私たちはそんな日の夜、油っこいものをべながらビールをぐいぐい飲む。欲望のすべてを肯定する日、と友だちは言う。節約?ノー。ダイエット?ノー! 私たちはそれぞれが買ったサンダルの革細工やワンピースのカットワークがいかにかわいらしいかを話し、黒ビールをいきおいよく空けた。彼女があなたが好きだよねえ、服を選ぶときの三倍くらいの熱意で選んでるよ、と言うので、私はにわかに心配になり、やっぱり私はが好きすぎるよね、今はまあいいけど、年とってから箍が外れて大量のを買ってためこむようになったりしたらどうしよう、と言った。 彼女はにぎやかに笑って、そんなの全然たいしたことない、と言った。私なんか確実に他人に文句つけて歩くおばあさんになっちゃうね。だって今でもいろんなことにすぐ腹が立つから、押さえが利かなくなったら独りでぶつぶつ言いながら近所を歩き回って子

    私のうつくしい老後 - 傘をひらいて、空を
    ggg123
    ggg123 2010/07/07
    会いたいひと、ひとりしかいない。それはとてもさみしいような、しあわせのような。
  • 神さまを借りる - 傘をひらいて、空を

    じゃんけんで決める、と教官が言った。はあいと私たちはこたえた。私はそのとき大学生で、ゼミのキックオフミーティングに参加していて、発表の順番や雑用の担当を決めていた。 そのあとの飲み会で、でもどうしてですか、と誰かがたずねた。なんでじゃんけんなんですか、先生が適当に割りふるとか、話しあって決めさせるとか、そういうんじゃなくって。 彼は眉をたがいちがいに動かしてから、偶然がいちばん正しいから、とこたえた。 あのさ、みんな人前で発表するのとかはじめてじゃんか。なるべく遅くにやりたいよね。文献読むのだって先延ばしにしたいだろうし。俺が学部生のときだってそうだったもん。ほかに楽しいこといっぱいあるし、とにかく布団から出たくねえよ、みたいな日もあるし、バイトで稼ぐのがいちばん大事な時期もあるし、だいたい、若いとすぐ変なこと考えてなんか穴っぽいところにはまるんだからさ、あれってなんだろうな、ホルモンバラ

    神さまを借りる - 傘をひらいて、空を
    ggg123
    ggg123 2010/07/01
    選ぶに理由のあるときそれは「選択」ではないそうです。(ソース息子)神様は契機とか啓示とかをくれるらしいけど、たいてい遅れてやってくるね。
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