首里城正殿(資料写真) 【台北共同】対台湾窓口機関、日本台湾交流協会は4日、首里城再建の建材として台湾紅ヒノキを沖縄側に引き渡す5日の式典が中止になったと明らかにした。台湾側から連絡があったというが理由は不明。 式典は台湾を訪れた超党派の議員連盟「日華議員懇談会」の古屋圭司会長(自民党)らが参加し、北東部・宜蘭県で開かれる予定だった。
水揚げされ、小分けされるスク=21日午後、南城市玉城の奥武島(新里圭蔵撮影) 【南城】旧暦6月1日に当たる21日、南城市玉城の奥武島で「海のボーナス」とも呼ばれるスク(アイゴの稚魚)が揚がった。島内の売店はスクを買い求める地元住民らでにぎわいをみせた。 漁師たちは午前7時ごろに出港し、約10時間かけてスクを取った。港では島の女性や漁師が水揚げしたばかりのスクをかごに移し替えて袋詰めにした。店頭に並べられたスクは飛ぶように売れ、漁師も店員も笑顔をみせた。 中本鮮魚店を経営する中本健一さん(64)は「今日だけで約100キロ取れた。特に多いというわけではないが、いつも通り味はいいはずだ」と話した。 奥武島いまいゆ市場でスクを買った女性(53)は「今晩は家族でスクの刺身を楽しみたい」と話し、笑顔で喜んだ。
「打ち紙(ウチカビ)」とはご存知の通り、沖縄でグソー(後生、あの世のこと)の通貨とされる紙銭だ。多くの沖縄県民は、「打ち紙」と聞くと、黄土色の紙に古銭が打刻されたものを思い浮かべるだろう。しかし、今回取り上げる「打ち紙」は「進化する沖縄文化」をキャッチコピーにした斬新な製品である。新打ち紙の開発販売元の企業で経緯・意図を聞いた。 「新打ち紙古琉球」(上段)、「琉球冥界銀行」(下段左)、「古琉球金箔打ち紙」(同右)。今年の旧盆は新しい打ち紙を試してみては? 写真・村山 望 あちこちで聞こえるエイサーの太鼓やスーパーの旧盆準備フェアで、旧盆へのムードが高まる8月初旬、新打ち紙を手がける3人の男性をたずねた。話を聞いたのは、株式会社泰陽貿易専務の漢那用哲さん、有限会社上原清吉商会会長の上原清吉さん、有限会社あらかき商事社長の友利浩さん。泰陽貿易が新打ち紙の開発、上原清吉商会が販売総代理店、あ
うるま署は13日、無免許運転で訪れたコンビニで1万円札に模した「ウチカビ」(あの世のお金)を使用してタバコを購入し、おつり9510円をだまし取ったとして、住所不定の無職の男(22)を道交法違反(無免許運転)と詐欺容疑で逮捕した。 男は無免許運転の容疑については認めているが、詐欺容疑については「本物のお金だと思った。使えるものだと思った」などと否認している。 逮捕容疑は3月5日午後8時10分ごろ、うるま市与那城のコンビニに無免許運転で訪れ、1万円に模したウチカビを使用してタバコを購入し、おつりの9510円をだまし取った疑い。店員は支払い時におかしいと感じたが、店内に他の客がいたことからその場で「紙幣」を確認せず、後で確認してウチカビと気付き、110番通報した。
水揚げされた大漁のスクを小分けにする女性ら=13日午前10時45分ごろ、南城市の奥武島(大城直也撮影) 旧暦6月1日に当たる13日、南城市玉城の奥武島近海でスク(アイゴの稚魚)が揚がった。キラキラと銀色に輝く大漁のスクに島は湧いた。 午前10時ごろ、早朝から漁に出ていた船が戻り、次々とスクが水揚げされた。島の女性たちが量り分け、てきぱきと袋に詰めていた。奥武島では毎年旧暦6月1日、7月1日の前後数日の大潮時にしかスク漁が行われず、「海からの贈り物」とも呼ばれる。漁師の嶺井尚人さん(41)は「新鮮なスクは、酢醤油にひたして生で食べるのがおいしい」と日焼けした顔をほころばせた。
小雨が降る中、身を縮めて歩く女性ら=5日午後、那覇市役所前 沖縄県内は5日も大陸から強い寒気が流れ込み午後10時現在、宮古島や南大東空港など9地点の最低気温が今季最低を観測した。久米島空港は平年を5.2度下回る9.4度(午前5時51分)まで冷え込み、2003年の統計開始以降、2月の観測史上最低を更新した。 国頭村奥(7.2度)や南城市玉城字糸数(8.2度)など7地点で最低気温が10度を切った。最高気温も渡嘉敷村で10.0度、宮古空港で11.9度にとどまり、各地で平年を5.7度~9.2度下回った。 最高気温が12.2度だった那覇市は時折、小雨がぱらつき、女性らが傘の下で身を縮めて歩いていた。沖縄気象台によると、厳しい冷え込みは7日ごろまで続く見込み。
車両6台の衝突事故が発生、北向け車線が通行止めとなった沖縄自動車道=2017年12月1日午前10時半ごろ、沖縄市知花 昨年12月1日に沖縄自動車道を走行中の米海兵隊曹長の男性が、意識不明の重体となった人身事故で、産経新聞が「曹長は日本人運転手を救出した後に事故に遭った」という内容の記事を掲載し、救出を報じない沖縄メディアを「報道機関を名乗る資格はない」などと批判した。しかし、米海兵隊は29日までに「(曹長は)救助行為はしていない」と本紙取材に回答し、県警も「救助の事実は確認されていない」としている。産経記事の内容は米軍から否定された格好だ。県警交通機動隊によると、産経新聞は事故後一度も同隊に取材していないという。産経新聞は事実確認が不十分なまま、誤った情報に基づいて沖縄メディアを批判した可能性が高い。産経新聞の高木桂一那覇支局長は「当時のしかるべき取材で得た情報に基づいて書いた」と答えた。
2期目の当選を決め、支持者らと万歳をする松本哲治氏(中央)=12日午後9時40分、浦添市屋富祖の選挙事務所(花城太撮影) 任期満了に伴う浦添市長選は12日投開票され、前職の松本哲治氏(49)=自民、公明推薦=が3万733票を獲得し、前市議の又吉健太郎氏(42)に8690票差をつけて再選された。争点の一つだった米軍那覇軍港の浦添移設に関し、松本氏は4年前に掲げた移設反対の公約を任期中に撤回し批判にさらされたが、1期4年の市政運営や政治姿勢について有権者から一定の信任を得る結果となった。 過去の市長選で3万票を超えた候補はおらず、松本氏の得票は、市長選が実施された1972年以降、最多となる。投票率は61・37%で、前回(63・3%)よりも1・93ポイント下がった。 市長選では那覇軍港の浦添移設を巡る対応や西海岸開発の手法、公約の在り方などが問われた。松本氏は4年前に軍港移設に反対し当選したが、
ことし初水揚げされたスク=8日午前9時半ごろ、南城市の奥武島 【南城】旧暦6月1日にあたる8日、南城市の奥武島近海でスク(アイゴの稚魚)の収穫があった。体長約3~4センチの銀色に輝くスクの収穫に島は沸いた。 スクの収穫は旧暦6月1日と7月1日の前後数日間しか行われず、漁民や島民からは「海からのボーナス」とも呼ばれるほど貴重なものとなっている。 午前9時半ごろ、最初の船が漁から戻り、約15キロのスクを持ち帰ってきた。奥武漁港ではスクが次々と水揚げされると、島の女性らは仕分け作業に追われていた。 【琉球新報電子版】 英文へ→Summer bonus from the sea for Ojima Islanders
社会 「知る権利」優先 本紙、オフレコ懇談報道2011年11月30日 Tweet 米軍普天間飛行場の移設問題に関する田中聡沖縄防衛局長の県民を侮辱した問題発言は28日夜、那覇市内で開かれた報道陣との非公式の懇談会であった。関係者の発言内容について記録、報道しないことを前提とした「オフレコ」形式の懇談だったが、琉球新報は読者に伝える責任があると判断して報道に踏み切った。識者はオフレコの原則よりも「国民の知る権利が優先される」と指摘する。 懇談会は各社負担する会費制で、県内外の9社の記者が参加した。午後8時ごろから始まった懇談は、テーブル中央に座った田中局長を記者が取り囲み、飲食を伴いながら、基地問題について意見を交わした。 政府が年内提出を予定する環境影響評価(アセス)の評価書提出問題に話題が移った時、本紙記者が「政府はなぜ『年内提出する』と明言しないのか」と問いただした。すると、田中
地域 えっロケットの一部… 竹富町小浜島に漂着2009年3月18日 小浜島に打ち上げられたロケットの一部分を見学する小浜小中学校の児童・生徒たち=17日、小浜島の北海岸 【小浜島=竹富】竹富町小浜島の北海岸に巨大な漂着物があるのを今月2日、島に住む住民が発見した。宇宙航空研究開発機構(JAXA)へ照会したところ、今年1月に鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられたH2Aロケットの部品と判明し、17日、ロケットの技術部分を担う三菱重工の担当者らが来島して部品を回収した。一部分は小浜小中学校に贈呈される。 漂着物は長さ約7メートル、幅4メートルの曲面の板状で断面はもぎ取られたようになっている。三菱重工によると、衛星を保護していた円錐(えんすい)形のカバーの一部で、ロケット発射後に切り離された。アルミ合金で危険性はない。 発見した「マリンガイド花サンゴ」の長濱浩代表(44)はロケットの
地域 あっ、また咲いてる! 幻の竹の花2年連続で2009年3月11日 2年連続で園内に咲いたホウライチク=本部町伊豆味の伊豆味あじさいの森みかん園 【本部】本部町の「伊豆味あじさいの森 みかん園」(伊野波盛應代表)で数十年に1度咲くといわれる竹の花が2年連続咲き、関係者を驚かせている。専門家は「2年連続で咲くことは聞いたことがない」と話している。 花を咲かせたのはホウライチク(方言ンジャダキ)で、若草色の蕾(つぼみ)から薄紫の稲穂のような花が垂れ下がっている。伊野波代表は顔をほころばせながら「言葉でうまくできないほど感動でいっぱい」と話す。 ホウライチクは伊野波代表の4代前の先祖が移ってきた際、防災と細工用に植えたという。昨年、約70年ぶりに園内で花が咲いたが、ことしも別の場所で2カ所花を咲かせた。 伊野波代表は「70年前に咲いたことを父から聞いていたが、2年連続で咲くなんて」
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