ブックマーク / davitrice.hatenadiary.jp (16)

  • 「特権」概念の不毛さ - 道徳的動物日記

    somethingorange.biz 上記は海燕氏によるブログ記事。 二週間前の記事だけど、下記について、思うところを書いてみよう。 つまり、「ホワイト・フラジリティ」とか「マイクロ・アグレッション」とは、ある体制において特権を持つマジョリティ(この場合は白人)は、たとえリベラルな反差別意識を持っていても、ただ生きているだけで差別主義者であり、その自覚をもって体制を変えていく責任を有する、と告発するための言葉なのだ。 上の青井ケイさんのツイートでは、ラーメン評論家もまたラーメン業界において不正な権威を持つ存在である以上、たとえ自身が差別やハラスメントを行っておらず、それどころかそれらの行為に反対していてさえ、一定の責任を持つことになるのだ、だから「自分はやっていない」などとイイワケせずに業界の健全化を行え、といいたいのだと思う(たぶん)。 さて、どうだろうか。あなたはこういった主張をどう

    「特権」概念の不毛さ - 道徳的動物日記
    greenT
    greenT 2021/10/14
    他人の糾弾のために用いられやすいというのが一番問題な気がする。どうも反省や罪の意識みたいな情緒を伴いがちで、仕組み等で問題解決するために利用しずらい
  • 89年生まれのわたしにとっての「はてな」 - 道徳的動物日記

    このブログではめずらしく個人的な思い出話。 91年生まれ大反省会をしたい。わたしは91年生まれで今年30になる。若者と括られてきたけど、明らかに今の世代と全く育ってきた景色が違うことを感じる。政治家と言えば小泉首相、まだ日は経済的にすごいと習ったし、嫌韓屋に並び、ネットは2chにニコニコ、メディアは「オネエ」を笑っていた。 — 永井玲衣 (@nagainagainagai) 2021年7月5日 当時K-POPを色んな人が恐れていたのを覚えている。学問といえば受験勉強、フェミニズムはヒステリー、社会運動は危険、資主義は疑えないもの。数え切れないイメージが潜在的に内面化されているはず。ここをしっかり毒出しして反省しないと、これからの世代を抑圧してしまう。ここが分水嶺だと思う。 — 永井玲衣 (@nagainagainagai) 2021年7月5日 ↑ Twitterでこういう投稿をみ

    89年生まれのわたしにとっての「はてな」 - 道徳的動物日記
    greenT
    greenT 2021/07/07
    永井ツイートを出汁にして単に村語りをしたい?郷土愛強いよなはてなは
  • 「共通善」で問題が解決できるなら苦労はしないよ(読書メモ:『実力も運のうち』①) - 道徳的動物日記

    実力も運のうち 能力主義は正義か? 作者:マイケル サンデル 発売日: 2021/04/14 メディア: Kindle版 「能力主義」に対する批判には、二つのパターンが考えられる。「不徹底な能力主義」に対する批判と、「能力主義」そのものに対する批判だ。 学問的なものにせよインターネットなどにおける世俗的なものにせよ、能力主義に関する昨今の議論でなされている批判の大半は、「不徹底な能力主義」に対する批判である。 この批判は、「能力主義は出自や属性に縛られずに自分の意志と努力と才能で自分の人生を決定するチャンスを人々に与えるのであり、機会の平等を保証して、社会の流動性を高めるものだ」という主張に対して、「実際には能力主義の社会でも人々は出自や属性に縛られており、生まれ落ちた環境や場所によって人々の人生はあらかた決定されている」、という事実を突きつけるものだ。 たとえば、アメリカでは大学受験は階

    「共通善」で問題が解決できるなら苦労はしないよ(読書メモ:『実力も運のうち』①) - 道徳的動物日記
    greenT
    greenT 2021/04/25
    善は人それぞれだというロールズの主張した枠組みは個人を尊重するとてもすばらしいものだし、簡単にそこに手を入れるサンデルの主張はどうも気に入らない。俺の善に他人を侵入させるな
  • 「社会学叩き」についての私見 - 道徳的動物日記

    出勤前に、サクッとメモ的に書いておこう。 Twitterはてなブックマークをはじめとしたネット・SNS界隈では、十年一日という感じで、相変わらず「社会学叩き」が盛んだ。 といっても他人事ではなくて、このブログでも、過去に、社会学や社会科学の現状について批判するHeterodox Academyの記事を訳したことがある。 davitrice.hatenadiary.jp davitrice.hatenadiary.jp また、わたしもちょっと関わっている『経済学101』でも、社会学を批判する記事が訳されて投稿されることがある。代表的なものは、ジョセフ・ヒースによる以下の記事だろう。 econ101.jp ヒースの記事における「規範的社会学」という言葉に示されているように、これらの記事で問題視されていることは、「社会学(社会科学)が、特定の道徳的規範・政治的規範に影響を受けすぎている」ことで

    「社会学叩き」についての私見 - 道徳的動物日記
    greenT
    greenT 2021/02/03
    まあまあ同意だ。社会を適正に運用するための判断材料として社会学自体はちゃんと必要なものなのに、学問全体を否定するのはおかしい。個別の学者は個別に批判すればいい。変な学者はどの学問にもいるだろう
  • 「男性同士のケア」が難しい理由 - 道徳的動物日記

    男同士の絆―イギリス文学とホモソーシャルな欲望― 作者:イヴ・K・セジウィック 発売日: 2001/02/20 メディア: 単行 近頃では、「これからは男性同士でもケアし合わなければならない」と言った主張がちらほらとされるようになっている。 この主張がされる文脈は様々だ。「これまでの社会は女性にケア役割を押し付けていたが、これからは男性も平等にケア役割を担うべきである」という問題意識に連なる主張である場合もあるだろう。 また、女性の恋人やがいないことで「女性からの承認」を得られないと悩んだり「孤独」になることを恐れる男性に対して、「そもそも"自分は異性のパートナーにケアしてもらうべきだ"という発想を捨てて、同性との相互にケアし合う関係を築く可能性に目を向けてみるべきだ」という批判込みのアドバイス的な意味合いで、「男性同士のケア」が提唱される場合もある。 そして、「マウントを取り合う」「

    「男性同士のケア」が難しい理由 - 道徳的動物日記
    greenT
    greenT 2020/11/11
    ケアするされるってその分自分の中の自由を開けわたすことだから受け入れがたいんだよな
  • ネオリベラリズムとしてのエロティック・キャピタル - 道徳的動物日記

    エロティック・キャピタル すべてが手に入る自分磨き 作者:キャサリン・ハキム 発売日: 2012/03/03 メディア: 単行(ソフトカバー) 数年前に読んだであるが、思うところあって改めて再読。 「すべてが手に入る自分磨き」という邦訳版オリジナルの副題はどう考えてもミスリーディングである。ブルデューが提案した3つのキャピタル概念(エコノミック・キャピタル、カルチャー・キャピタル、ソーシャル・キャピタル)の理論に基づきながら4つめのキャピタル概念としての「エロティック・キャピタル」を提唱する、社会学的な内容のだ。 著者は、美しさや性的魅力(また、社交スキルや自己演出能力など)は「資」の一種である、と論じる。そして、学歴教養などの文化的能力や人脈や地縁などの社会関係を「資」として活用して自分のキャリアや財産形成に活かすことが社会的に認められているのだから、女性が自分のキャリアや財

    ネオリベラリズムとしてのエロティック・キャピタル - 道徳的動物日記
    greenT
    greenT 2020/05/21
    知的能力や道徳心が身体的美醜と共に生まれに左右されるパラメータであることが判明されたことからの開き直りって感じ。公平感を出すなら馬鹿や不道徳者も生きやすい世の中にすべきか
  • 「広く共有された信念」と動物倫理(読書メモ:Ethics and the Beast) - 道徳的動物日記

    Ethics and the Beast: A Speciesist Argument for Animal Liberation 作者:Tzachi Zamir 出版社/メーカー: Princeton University Press 発売日: 2014/11/23 メディア: ペーパーバック イスラエルの倫理学者、トサヒ・ザミール(Tzachi Zamir)の著書。とりあえず第1章から第3章までを読んだ。今回の記事を書くにあたっては、久保田さゆり氏によるザミールの議論の要約も参照している*1。 順番は前後するが、まず、第3章 Killing for Pleasure の冒頭の議論をまとめよう。 動物への道徳的配慮という観点からベジタリアンになった人も、そうでない人も、私たちによる動物の扱いにはなんらかの道徳的制約が課せられるべきだ、という点では同意している。この同意が存在するという事実

    「広く共有された信念」と動物倫理(読書メモ:Ethics and the Beast) - 道徳的動物日記
    greenT
    greenT 2020/01/19
    理屈をこねると無駄に時間を消費するから話が通じる相手だけしよう!という実利的な話。まあソレでいいと思う。はてなーみたいに理屈でせめる人間はいつまでたっても思考実験しかしないし
  • 「お気持ち」はいけないのか? - 道徳的動物日記

    davitrice.hatenadiary.jp 先日の記事でも書いたが、ケアの倫理やフェミニズム倫理などの「理性」より「感情」を重視する倫理学理論には根的に問題点があり、理論として破綻しているように思える。 しかし、「“理性的”を標榜する既存の倫理学理論によって“感情的”だと見なされて排除された事象や物事のなかにも大事なものがある」という問題意識は理解できなくもない。 また、「感情」を重視する倫理学理論がなぜケアやフェミニズムなどの“女性”的な要素と結び付きやすいかというと、西洋の哲学では古代ギリシアの頃から「理性=男性的/感情=女性的」という二項対立的な図式を作ったうえで前者を讃えて後者を貶める考え方が存在しており、それに対するカウンターとしてその二項対立の図式をひっくり返し、感情の重要性を強調したうえでそれを女性性と結び付ける、という流れがある。 これに関しては、これまでの私は「そ

    「お気持ち」はいけないのか? - 道徳的動物日記
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    greenT 2020/01/13
    お気持ちの表明がいけないのではなく、立場によって複数のお気持ちがあり、それはいずれも等しく尊重されるべきであるという倫理が欠如していることが問題。これは理性で乗り越えられると信じてる
  • 進化心理学はなぜ批判されるのか? - 道徳的動物日記

    quillette.com 上記のQuilletteの記事を要約紹介しつつ、雑感を書く。…というか、ダラダラと長ったらしい記事なので、思い切って要点や特徴的な点だけ紹介する。 上記の記事では、デビッド・バスとウィリアム・フォンヒッペルという二人の進化心理学者が行った、"社会心理学者たちが進化心理学について抱いている認識"についての調査が参照されている。この調査によると、動物のみならず人間について進化心理学を適用することについては、社会心理学者たちの意見は分かれているそうだ。ダーウィンの進化理論が真実であることや、人間の様々な身体的特性が進化の産物であることにはほぼ全ての社会心理学者たちが同意しているのだが、身体のみならず心理や精神についても進化論を適用することに関しては、かなり賛否が分かれるのである。 進化心理学に批判的な社会心理学者たちは、宗教的信念や「人間は他の動物に比べて特別だ」とい

    進化心理学はなぜ批判されるのか? - 道徳的動物日記
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    greenT 2019/09/03
    酒の耐性に男女人種の差があるように脳の機能に差があるという論は理があるように思えるんだが/進化心理学の前提に大量モジュール仮説が含まれるという情報が見つけられなかった。両者支持する傾向はあるらしいが
  • 「男性のつらさ」論についての雑感 - 道徳的動物日記

    前回の記事の続き…と言いたいところだが、大したことが書けそうにないので箇条書きで。 ●議論が盛り上がるきっかけとなった「男性のつらさの構造」記事では、男性のつらさの原因の一つを「女性の高望み」と分析していた。そして、それに対する解決策の一つとして「女性の意識改革」を主張したために、あちこちから批判されることになってしまった。 しかし、いわゆる「女性の上方婚」志向が存在して、それが男性にとっての経済力獲得プレッシャーやそれに伴うストレスや孤立の原因となっていることは、事実だと私も思う。進化心理学や経済学、あるいはジャーナリズムや文学など様々なジャンルのメディアにおいて、「女性の上方婚」の存在の実証やその原因の解説、具体例などを見つけることができる。普通に生きていて友人や知人や見知らぬ人々の会話をしていたり、SNSにおける人々の書き込みを見ていても、「女性の上方婚」志向の存在は感じられるものだ

    「男性のつらさ」論についての雑感 - 道徳的動物日記
    greenT
    greenT 2019/06/25
    女をあてがえ論は一夫一婦制の維持でもう半分実現してるんだから、あとはみんなが自由選択に疲れてお見合い始めれば完成するよ。この件については自由主義は世間体に敗北しつつあると認識している
  • 「有害な男らしさ」論のイデオロギー - 道徳的動物日記

    まとまった文章を書く気力がないので、最近の議論を見ていて思ったことをだらだらと。 日のインターネットでは「男のつらさ」とか「男性の孤独」というトピックは周期的に話題になるが、今月は特にそれらの話題についての議論が盛んだ。 議論のきっかけは、noteで公開された「男性のつらさの構造」という記事であるようだ。 note.mu また、「男性のつらさ」という話題からは離れるが、今月は「有害な男らしさ」についての議論もちらほらと目にするようになった。例えば、例えば、月頭に公開された、池田小学校殺人事件の犯人である宅間守について分析した記事ははてブ数も500を超えており、かなり多くの人の目にとまったようだ。 gendai.ismedia.jp 「有害な男らしさ」の解決策としては「文化教育を変化させたり、男性が自分の弱さや苦悩を素直に表明できる環境を作ることで、男性を有害な男らしさから解き放とう」と

    「有害な男らしさ」論のイデオロギー - 道徳的動物日記
    greenT
    greenT 2019/06/23
    ここのブログ動物の権利関係は肌が合わないけど男女論には肌が合う。ところで有害な男らしさはそれが実害になるまでは放っておき、予防拘禁的ないくつかの解決案は遠ざけるべきです
  • ロブスターの福祉に配慮するのは感情的? - 道徳的動物日記

    jp.reuters.com このニュースに対するネット上の様々な反応を見ての雑感。 動物福祉運動や動物の権利運動に対しては批判が投げかけられることが多い。特によくあるのが「知能が人間に近いからという理由でイルカや類人猿の権利を主張して他の動物には配慮しないのは、人間中心主義的で傲慢だ」というものや、「犬や家畜やクマなどの哺乳類には配慮するのに虫や魚や爬虫類には配慮しないのは、共感できる対象や見た目が可愛い動物を優先してそうではない動物をないがしろにしているのであって、感情的で非論理的である」といったものだ。 しかし、大概の場合、これらの批判は藁人形論法と言えるものである。動物の権利団体や運動を行なっている個人の多く、あるいは動物福祉や動物の権利の正当性を主張する理論のほとんどは、イルカや類人猿だけではなく他の動物の権利や道徳的地位も主張しているし、哺乳類や鳥類だけでなく魚類や爬虫類も配慮

    ロブスターの福祉に配慮するのは感情的? - 道徳的動物日記
    greenT
    greenT 2019/05/23
    結局無脊椎動物の苦痛にも配慮するのか。我々は痒いからといって蚊を殺していいの?
  • 『サピエンス全史』に対する批判に対する雑感 - 道徳的動物日記

    著者がヴィーガンだから「歴史書の形を借りた自己啓発書」とされるの、意味わかんない... — デビット・ライス (@RiceDavit) 2017年9月25日 たとえば歴史的事実なり科学的事実なりについて書かれているで、それらの事実についての著者の理解から「人類は増え過ぎて不幸になった、これ以上増えるとやばい」とか「畜産は動物に苦痛を与えているし地球環境を破壊している」などの結論を著者が導き出したとして... — デビット・ライス (@RiceDavit) 2017年9月25日 ...そこから更に「菜主義になった方がいい」などの行動規範を導き出して著者が実践したり読者にも実践するよう薦めたとしても、それは「規範や価値観についても触れられている歴史書・科学書」であって自己啓発書とは言わなくていいだろう。 — デビット・ライス (@RiceDavit) 2017年9月25日 「サピエンス全史

    『サピエンス全史』に対する批判に対する雑感 - 道徳的動物日記
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    greenT 2019/05/23
    狩猟採集社会は肉食獣と同じく避けがたく動物を殺すものだし、そこから逃れることが不幸になったという認識はヴィーガンと相性悪いのは確かだと思う。俺は生きづらいという指摘はレッテルではないと感じる
  • 家父長制・弱者男性・フェミニズム - 道徳的動物日記

    以前に訳して紹介したポーラ・ライト(Paula Wright)のブログの記事を読みながら、だらだらと考えたこと*1。 porlawright.com 「改良された"家父長制"を擁護する」というこの記事では、家父長制とは単一の種類しかないものではなく、悪性の家父長制もあれば良性の家父長制もある、とされている。そして、悪性の家父長制は大半の男性と女性にとって害をもたらすが、現代の欧米社会に存在する家父長制は改良されたものであり悪性の家父長制から人々を守る役割を果たしている良性の制度だ、ということが論じられている。 具体例として挙げられるのが、結婚制度の違いだ。悪性の家父長制では一夫多制が採用される。争いに勝利した強者は多数のを手に入れられる一方、敗北した弱者はを手に入れられなくなるので、男性間の争いが激しくなる(イスラム教のような神権政治の社会が、その実例である)。他方で、良性の家父長制

    家父長制・弱者男性・フェミニズム - 道徳的動物日記
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    greenT 2019/05/23
    "自分が損を被っている制度の責任を自分が負わされることになるのでたまったものじゃない"なかなかにうまい言語化。それにしてもこのブログ面白い
  • 「動物はおかずだ」デモに関して(1) - 道徳的動物日記

    仕事の休憩時間に取り急ぎ書いた) 上記の記事に関して、まず気になったのは以下の箇所。 「しかし「動物はごはんじゃないデモ行進」は、自らが肉を忌避するだけでは飽き足らず、他者の権利や自由を否定し肉の撲滅を目論んでいる。」 「憎むべきは、ヴィーガンという生き方を選んだ人間ではない。他者の権利や自由を踏みにじる行為である。」 一般的に言って、ある社会で行われる権利運動とは「その社会で認められていない、ある属性のある種の権利を、認めさせるように要求する運動」と言えるだろう。 過去のアメリカで行われた奴隷制廃止運動であれば、奴隷とされている人々(黒人)が自由に生きる権利や財産を持つ権利などを要求させる運動であった。サフラジェット運動は女性の参政権を要求する運動であったし、「子どもが親から虐待されない権利」や「子どもの自己決定権」なども子どもの権利運動の結果として認められていったものだ。 そして、「

    「動物はおかずだ」デモに関して(1) - 道徳的動物日記
    greenT
    greenT 2019/05/22
    奴隷解放や女性参政権はそういう片務的な理想でなく、仲間を増やし体制強化するという実利に基づいて広まった。我々は開放した奴隷(仲間)に奴隷を持つことを許さない。肉食から開放した動物(仲間)に肉食は許す?
  • 左派は動物の権利を支持するべきか? - 道徳的動物日記

    togetter.com このTogetterに関わる論点として、数年前に要約して翻訳して紹介した ウィル・キムリッカとスー・ドナルドソンの論文「動物の権利、多文化主義、左派」から一部抜粋して紹介してみよう(手抜き記事である)。 現在、米国の動物の権利運動は「左派の孤児」と表現される境遇になっている。進歩的左派は女性・同性愛者・障害者・移民・人種マイノリティ・先住民などの権利を守るために、社会的正義や少数者の市民権を主張する運動を行ってきたが、動物の問題はラディカルな環境運動のなかで多少注目される程度で、左派の運動のなかでは無視されてきた。この傾向は19世紀から続いてきたものであり、左派は動物に対する人間の暴力を無視し続けてきた歴史がある。 ・・・現在では、フェミニズム運動・障害者運動・多文化主義運動などの影響により、左派は「人間の価値は合理性や知性や能力にある」という考え方を拒否するよう

    左派は動物の権利を支持するべきか? - 道徳的動物日記
    greenT
    greenT 2018/02/02
    信念があるなら自分達だけで実践してりゃいいのになんで左派は云々とか共感しないひとにまで突っかかるかね(野性動物の肉食は止めない・人と動物の区別は自明でないの2命題を真として)
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