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dpzと文化に関するgreenbowのブックマーク (2)

  • 禁じられた落語を弔う「はなし塚」にお参りする

    大阪生まれの大学院生。工作や漢字が好きです。ほら貝も吹けます。先日、教授から「あなたは何を目指しているのか分からん」と言われました。 前の記事:西宮名塩は近未来神殿でテンションがあがる > 個人サイト 唐沢ジャンボリー 落語研究部でした 私は大学時代、落語研究部におりました。 着物きて正座して、人前で一人で喋ってた 部室で『AKIRA』読んだり、ボードゲームに興じたりと文化部らしいダラダラも一通りやりましたが、コンスタントに寄席があったので、たくさんネタを覚えました。(もちろんその分たくさんスベりました。) どういう風にネタを覚えるかというと、伝授してくれる師匠がいるわけではないので、​落語番組を録画したDVDとか、市販のCDをもとにセリフを書き起こしてました。「落語ってこんなインディーズでええんや」と最初はびっくりしたものです。 ネットのサイトでセリフを確認することもあり、そのネットサー

    禁じられた落語を弔う「はなし塚」にお参りする
  • 佐世保の遊郭の本を自費出版した84歳の男性に話を聞いた

    1986年生まれ佐世保在住ライター。おもに地元の文化歴史、老舗や人物などについての取材撮影執筆、紙媒体のお手伝いなど。演劇するのも観るのも好き。とトムヤンクンも好きです。 前の記事:世界一のカスタムナイフ作家から学ぶ「ナイフ入門」 > 個人サイト ヤマモトチヒロのブログ 当時82歳だった著者の350ページの自費出版400冊が完売 平成29年に発行された、山口日都志さんの著書「女性哀史 佐世保遊里考」(芸文堂)。副題にもあるように、懸命に生きた女性たちの記録だ。 明治22年。人口3,700人あまりだった一寒村に鎮守府(海軍の拠点)が設置され、広島の呉や神奈川の横須賀と同じく軍港としてめきめきと発展してきた佐世保。新天地求めて近隣から多くの人々がすみ着き、5年後には人口が2倍近くまで膨れ上がった。 そんなゴールドラッシュさながらな発展の裏には、遊郭を舞台に生計を立ててきた女性たちがいた。

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