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ブックマーク / apartment-home.net (82)

  • 07 居心地のいい場所 |アパートメント

    ここのところ、なんだかずっと居心地が悪い。居心地が悪くって、ずっと寂しくて、ずっと帰る場所を探しているような気がしている。 私は自分が居心地が悪い場所にいたことに、居心地がいい場所に行ってからじゃないと気づけない。嫌だったのかとか、無理していたかどうかが、その場を離れて見ないとわからない。ずっと馴染めなさをどこかで感じながら、馴染めないのを自分の実力不足だと思い込んでしまう癖がある。きっと、そもそも合わない場所って誰にだってあるのに、私はそれをそう割り切ることがなかなかできない。 中学生の頃から周りにいる子たちは、誰といるのが楽しいのかよりも「あのこといたら周りにこう思ってもらえる」ばかり気にしていた。私が当時いた女子グループから仲間はずれにされた子と仲良くしていた時、付き合ってた男の子に「あいつといたらあやちゃんも仲間はずれにされちゃうよ」と言われ、あ、この人は今、仲間はずれの子と一緒に

    07 居心地のいい場所 |アパートメント
    halca-kaukana
    halca-kaukana 2021/03/21
    「綺麗なものを心から綺麗と思える気持ちや、穏やかで優しい人でありたいと思っている今の気持ちはこのまま守り続ける」
  • サーモンラン /ヘルシンキ,フィンランド |アパートメント

    ヘルシンキ・ヴァンター空港は乗り継ぎで通過するだけだったし、早朝に営業している店もあまりないだろうからと思って、ターミナルに何があるのか調べていなかった。トランジットの手荷物検査を終えて、ターミナルへの扉が開くやいなや目に飛び込んできたのは「味千ラーメン」だった。店は閉まっている。みやげ店の列の中で、皆と平等に店名のサインだけが営業している。 ここはヘルシンキ・ヴァンター空港。 オーロラ、ムーミン、マリメッコ、マリメッコ、トナカイ、ムーミン、味千ラーメン。 「味千ラーメン」は熊ラーメンのフランチャイズチェーンである。 実家の近くに店があるけれど、入ったことは2、3度しかない。最後に入ったのは大学何年生かの夏休み、実家に帰省したとき、同じく帰省していた兄と一緒だった。 その店舗の裏手の住宅街に、黄色い小さな建物の中華料理店があったのだけれど、同じ年の春に閉店してしまった。その中華料理屋が

    サーモンラン /ヘルシンキ,フィンランド |アパートメント
    halca-kaukana
    halca-kaukana 2020/11/11
    フィンランドとノルウェーでのサーモンと漁業。フィンランド料理にはサーモンスープ(lohikeitto)があるぐらいだから鮭が多く捕れるのだろうなと思ったら…そうなのか。
  • 憂鬱を捨てる |アパートメント

    日常を憂う日々だった。理由はいいエッセイを書きたいから。私には特殊な出会いもおもしろい出来事も何もないと部屋のなかで嘆いていた。腐り朽ちていくまでいくばくもなかっただろう。生来が閉鎖的で排他的なのだ。瞼をこじ開けて世界を見ないと、すぐ繭に閉じこもる。 特殊な出会いが欲しい。おもしろい出来事が欲しい。刺激的な何かが欲しい。エッセイのために。そんなことを思い続けていたが、そのどろどろした思いは少しずつ成仏していった。 きっかけはこのアパートメントへの滞在から始まった。私はここで、自分を描くように心がけた。出てくる思いは死にたくないとか老いたくないとか、そういう負の感情ばかりだったけど、私はこの部屋で私に向きあった。それはひどくしんどいこともあった。自分の内面を晒すのだ。怖くて震える夜もあった。 それでも、アパートメントのこの部屋は、一人きりではなかった。私の文章だけではなく、私自身を見守ってく

    憂鬱を捨てる |アパートメント
    halca-kaukana
    halca-kaukana 2020/09/30
    「エッセイに特別な出来事など必要ない/おもしろくなくても、日常を生きている。それが伝わることに意味がある」ブログを書けなくなってしまっているが、これはヒントかも。
  • 仕事の苦しさについて。 | アパートメント

    halca-kaukana
    halca-kaukana 2020/09/29
    インプットとアウトプットのバランスが崩れるのは苦しい。「なにも学んでいないのに日々なにかを生み出さなくてはならない」これが続くと耐えられなくなる
  • 暮らしのノイズ7:枕元でSNSから離れる |アパートメント

    6時間28分。ある日の日曜日、スマートフォンに表示された「一日の使用平均時間」だという数字に、わたしはとてもおどろいた。じぶんのなかでもそこまで利用している感覚はまったくなかったからかもしれない。 この時季はいつもなんとなく調子がわるい。新社会人や新入生があふれ、みんながまっとうに見えて、じぶんはどこか、べつの星から来た人なのではないかとおもう。どこかに属することをできるだけ避けてきた人生が、とんでもなく間違っていたことのように感じてしまう。ふだんじぶんの生き方をどのように愛していても、春の生温かいぬくもりはわたしにとって正しくきびしい。 冬がすこしずつ終わりはじめたのと同時に、夜、わたしはうまく眠れなくなった。となりに眠る人のことを考えると電気をつけるわけにもいかないし、べつの部屋に行って睡眠をほとんど放棄するわけにもいかない。横になって目をつむるだけでも良いという情報を得て、そのように

    暮らしのノイズ7:枕元でSNSから離れる |アパートメント
    halca-kaukana
    halca-kaukana 2020/03/19
    私もネットは人間が作り、画面の向こうには心ある人間がいると思ってきた。でもPCやスマホから離れれば現実とネットは分けられる、とも。一方SNSは「現実と地続きになっている」
  • 20191101 |アパートメント

    無知は、生きづらさを作る。 「そんなことは、あり得ない」 そう大人は言うけれど、果たして当にあり得ないかどうかなんて 世界の誰もが全く知らないことだ。 「そんな人は、どこにもいない」 そう大人は言うけれど、果たして当にどこにもいないかどうかなんて 発言した人は全く知らないことだ。 当は、ここにいるのに。 僕はそうやって、息を止める人生を過ごしてきた。 誰かの真似をするように、そっと息を潜めて、上手に浮かんでいる人々を眺めていた。 抱えきれないほどの砂が入った袋。 それは正しかったことなのか、今でも分からない。 だけど、それは当時の僕に出来る最大級の生きる術だったのだ。 今の僕は、あの頃の僕になんて声をかけるだろう。 無知は、生きづらさを作る。 世界が狭かった小学生の頃。 何も知らなかった中高生の頃。 こんなにも大きな世界で、たった1人ぼっちだと思っていた。 僕の声なんて、誰にも届かな

    20191101 |アパートメント
    halca-kaukana
    halca-kaukana 2019/11/22
    「無知は、生きづらさを作る。/こんなにも大きな世界で、たった1人ぼっちだと思っていた。僕の声なんて、誰にも届かないと思っていた。]
  • 20191018 |アパートメント

    生きづらさは、時に自分から、他人から、与えられるものだったりする。 人はいつだって、何かしらでマイノリティを抱えている。 多数派が正しいと見える世界で、同調圧力ほど少数派を苦しめるものはないだろう。 絶対的な正解も、絶対的な常識も、そんなものはどこにもないのに、どうして人は、白黒はっきりとしたがるんだろう。 多数派が選ぶものは、少数派にとっては理解し難いものなのかもしれない。 少数派が選ぶものは、多数派にとっては理解し難いものなのかもしれない。 そこにあるのは、ただ価値観や考え方の中にあるほんの少しの違いなのに、人はそれを「変わり者」というレッテルを貼ろうとする。 「常識とは、生まれた環境で身についた偏見である」と偉い人が言った、らしい。 僕はこれを正しいと思った。だけど、間違っていると思う人もいる。 何が良くて何が悪くて、何が好きで何が嫌いで、もうそんなのどうでもいいくらい世界は混沌とし

    20191018 |アパートメント
    halca-kaukana
    halca-kaukana 2019/11/22
    「人はいつだって、何かしらでマイノリティを抱えている。/絶対的な正解も、絶対的な常識も、そんなものはどこにもないのに、どうして人は、白黒はっきりとしたがるんだろう。」
  • 自分の生活を愛せるようにできることを、もっと考えていかなきゃいけない |アパートメント

    身体が追いつかない。先週起こった出来事からの影響はとてつもなく、家にいると、なにもやりたくない状態に沈んだまま。見たくもないテレビをつけっぱなしにして、見たくもないSNSを眺めたりして、寝たくもないけれど、強いていうならそれが楽だから横になる。 このままでは、駄目だと、水を飲みたくなったときに、ベットからソファーに移動する。足元に置いてあるPCをただ開く、Twitterで最近公開した記事の感想を眺める。いけるいけると唱えながら仕事をはじめる。思考が止まり、手が止まり、ぼーっとして、セットしたタイマーで再び思考を取り戻し、手を動かそうとして、そして、止まる。タイマーが鳴る。 1日を振り返り、やれなかったこと、できなかったこと、その要因と思われるもの、解決するために必要そうな具体的な行動を考える。できなかったことを起点に自分を育てる。 そこに、なんとかしがみついているうちに、置いてきてしまった

    自分の生活を愛せるようにできることを、もっと考えていかなきゃいけない |アパートメント
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    halca-kaukana 2019/09/21
    「自分の生活を愛せるようにできることを、もっと考えていかなきゃいけない気がするんだ」「自分の生活に「価値や意義がない」と、自分だけで判断しないでほしい。」
  • 前向きに保留 |アパートメント

    経験にしがみついてはいないか。 大学に入学してから、10年間、なんかしらの形で演劇に携わってきた。演劇学科のある大学に入り、一限の授業に出席する難しさを知り、必修科目を再履修する友人をイケてると思い、入ったきた後輩たちへの母性に芽生え、5年生を迎える彼らの学費に思いを馳せた。違う違う。 大学に入った途端、高校時代を捧げた彼女に振られて、その腹いせに劇団を立ち上げた。目の前にあるなんかすごいことがそれだった。旗揚げ公演を観に来てくれた元彼女は、「すごいね、かず、遠くにいっちゃったみたい」と言って数年後、「大切な人がいるのに、私浮気しちゃって、多分バレてて、どうしよう、私の居場所なくなっちゃう」とカップル御用達だったウィルコムを使って電話をしてきた。そのとき僕は「大丈夫、居場所は作るから」などとわけのわからない懐の深さを披露して悦に浸っていた。違う違う。 2009年、劇団を立ち上げて、年1ペー

    前向きに保留 |アパートメント
    halca-kaukana
    halca-kaukana 2019/09/21
    「すぐに判断しなくてもいい。楽に語れる言葉で思考停止するのを避けて、保留でいい。保留することや立ち止まることや悩むこと自体を悪者にしないように、前向きに、積極的に保留。」
  • アントン・ナヌート |アパートメント

    アントン・ナヌート クラシック音楽愛好家の間では知る人ぞ知るスロヴェニア出身の指揮者である。 私はナヌートと出会わなければ、今も指揮者を志すことはなかったと思っている。 ナヌートとの出会いは、紀尾井シンフォニエッタ東京(現・紀尾井ホール室内管弦楽団)で指揮研究員をしていた時期であった。彼は同オーケストラに召喚され、ブラームスの交響曲4番を演奏した。 私は全てのリハーサルを見学し、休憩中も指揮者の控室にお邪魔し、マエストロがどのように音楽と向き合っているか、垣間見させていただいた。彼はリハーサル中も休憩中も何も変わらなかった。控室ではポケットスコアを片手にずっと鼻歌を歌い、奥様の淹れたビタミン入りレモンティを不味そうに飲み、奥様と口喧嘩。機嫌が悪いのかと思えば、私に一言「いいかい、ショウジ、次は君がいつかこの曲を演奏するんだよ、ブラームスという素晴らしい作曲家の作品を、これからの時代もずっと

    アントン・ナヌート |アパートメント
    halca-kaukana
    halca-kaukana 2019/03/28
    「ベートーヴェンの音楽はね、何十回・何百回演奏しても、楽譜を読んでいると新しい発見があるんだよ。私の残された時間でまだまだ新しい発見をしなければならないんだ。」
  • Piano,Piano,Piano! |アパートメント

    ヨーロッパには、各国にいくつものオペラ座が存在する。そしてオペラ座にはコレペティトゥールという職業がある。これは、歌手やバレエダンサーに対して、ピアノを弾きながら音楽稽古をつけるコーチングの役割を果たす。ただ、ピアノが弾けるだけではなく、語学も堪能でなければ務まらない。 一昨年のハンガリーで行われた国際指揮コンクールの終わった後、ありがたいことに、このコレペティトゥールの仕事の話をいくつかいただいた。でも私はピアノも語学も堪能ではないので、断腸の思いで丁重にお断りさせていただいた。 私はハンガリーでコレペティトゥールの需要があること、そして、指揮者はコレペティトゥールとしての経験を重ね、指揮者への階段を登っていくという、従来のヨーロッパの音楽スタイルが根付いていることを再確認することができた。 あとは四の五の言わず、実践あるのみ。 指揮者をしているのにピアノがあまり弾けないというのは大問題

    Piano,Piano,Piano! |アパートメント
    halca-kaukana
    halca-kaukana 2019/03/21
    オペラ座のコレペティトゥールとピアノの勉強。指揮者が勉強しなければならないことの多さ、経験から何でも学んでやろうという姿勢に、本当にすごいなと思う。
  • 吹奏楽と私 |アパートメント

    今回は、吹奏楽についてふれてみたいと思う。 私が吹奏楽と出会ったのは、中学1年生の頃。 幼少期から父と行くプロ野球観戦が大好きで、父に肩車をしてもらって後楽園球場に巨人戦を見に行った。父は根っからの野球好きで、休日は草野球や少年野球の代表などをやっていた。家には野球の試合の際に使われるスコアブックがいくつも置いてあり、玄関にはゴルフバッグとともに野球バッグもでかでかと並び、当時子どもであった私には、それらはとても大きく重たく感じられた。 プロ野球観戦の際、私は次第に応援席で鳴るトランペットに憧れ、中学生になったら野球部か、もしくは吹奏楽でトランペットをやろうと決めていた。家族と相談をし、兄からの「今から始めるなら、野球より音楽の方が良い」というアドヴァイスを受け、吹奏楽部に入部。 中学の吹奏楽部の志望動機には「甲子園でトランペットを吹きたいから」と記入した。希望楽器は第1希望から第3希望ま

    吹奏楽と私 |アパートメント
    halca-kaukana
    halca-kaukana 2019/03/14
    原口さんの音楽の原点となった吹奏楽部での話。
  • 音楽と教育と |アパートメント

    2019年2月末より、ハンガリーの首都・ブダペストにあるエルテ大学*で、「日の歌を歌うサークル」が始まった。ブダペストにはエルテ大学とカーロリ大学に日学科があり、日語を学ぶハンガリー人学生が少なくない*。ハンガリーで日の歌を歌うきっかけを作ってくださったのは、カーロリ大学*の後藤先生であったが、今回はエルテ大学の日学科に勤める内川先生から、このサークルの歌の指導の依頼を頂戴し、昨年から少しずつ話を進めてきた。 それでは、このサークルで何をやるのか? 実はまだしっかり決めてない。サークルの名前も決めていない。 内川先生と私の希望は、ゆったりと息の長い活動を続けていこう、ということだけだ。活動費も設けないし、私自身、謝礼もいただかない。 謝礼をいただかないなんて、私自身一文無しなのに、なんで痩せ我慢をするのか?ということだが、これには私なりの信念がある。 「指揮者以外の活動での収入を

    音楽と教育と |アパートメント
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    halca-kaukana 2019/03/07
    プロの音楽家であることと音楽で「ビジネス」をするかということ、深い話。
  • 「ハンガリー語を通してハンガリーと向き合う」 |アパートメント

    なぜ、ハンガリーへ留学してから6年目にして、ハンガリー語学学校へ通っているのか? 語学勉強を甘く見ていたのかもしれない。リスト音楽院に在籍していた4年間、何もしていなかったわけではない。リスト音楽院にはありがたいことに、日人の先生が日語でハンガリー語を教えてくれる90分のクラスが週に2回ある。私も用事が無い限り、その授業に積極的に参加した。とても分かりやすく、ハンガリー語の勉強の導入として最適だったと思う。だが、私にとっては、その授業に参加することでハンガリー語を勉強している気になり、安心してしまった。 音楽留学をするのなら、留学先の言語を修得してから行動に移した方が良い。語学レベルのB2でよい、1年間でよい。みっちり頭に叩きこんでから、留学しても遅くはない。 留学は通常2年から5年、留学先の学校に籍を置き、先生に師事をする。もしくは学校へは在籍せず、プライベートでレッスンを受ける事が

    「ハンガリー語を通してハンガリーと向き合う」 |アパートメント
    halca-kaukana
    halca-kaukana 2019/02/28
    留学したからこそより現地のことばで現地の文化や微妙なニュアンスを学びたい。
  • 歌・バルトーク・山田耕筰 |アパートメント

    ハンガリーを代表する作曲家バルトーク。バルトークは1881年、旧ハンガリーのナジセントミクローシュで生まれた。彼は作曲家としてだけでなく、ピアニストとして、大学の教授として、そして民俗音楽家としても一流であった。そして日では1886年、山田耕筰が東京に生を受けている。19世紀末、彼らは強いナショナリズムを背景に作曲家として育った。 バルトークはブダペスト王立音楽院(後のリスト音楽院)で西洋音楽の教えを受ける。しかし、彼はその後、民俗音楽と出会うことで、今まで歩んできた道とは異なる道を選択する。それは西洋音楽の範疇で西洋音楽を否定し、そして新しい西洋音楽を生み出していくことでもあった。 彼は文明・文化がまだ行き届いていない田舎にこそ、西洋音楽よりも更に古い「真の音楽」がまだ存在していると断定し、その音楽を記録していくことに人生の大半を費やす。そしてバルトークは自分の学んできた西洋音楽に民俗

    歌・バルトーク・山田耕筰 |アパートメント
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    halca-kaukana 2019/02/21
    バルトークと山田耕筰「原曲の要素を損なわず、母国語のイントネーションに重きを置き、伴奏に一切の無駄がない/二人の編曲作品はシンプルであるが、噛めば噛むほど味が出てくる」
  • 一文無しへまっしぐら~アンダンテ・ホステル~ショルティ指揮国際コンクール |アパートメント

    音楽家を志そうと決心した時に、私は人生の森に自ら迷い込んだ。 勤めていた高校教諭の職を辞し、退職金を当てにして、欧州音楽留学、そしてリスト音楽院大学院修了まで辿り着くことができた。しかしその頃までには、10年働いて貯めた留学資金を使い果たそうとしていた。 お金が無いので、もちろんこれから住む家も無い。4年間の留学生活で連れ添ったピアノも置く場所が無く、泣く泣く知人に譲った。残ったのは大量のオーケストラの楽譜達だけだった。 そんな時、ブダペストで日レストランと日人ホステルを経営する峯田 慶治さん(通称よしさん)と出会う。よしさんの友人は彼のことを「Mr.お人好し」と呼ぶ。 よしさんは私に、三畳一間のホステルの一角と料を提供してくださった。「住む所とべることは心配するな、音楽にだけ集中しろ。」私はその言葉だけを信じて、人生を突き進んだ。 私は、1ヵ月後にハンガリーで行われる、Maes

    一文無しへまっしぐら~アンダンテ・ホステル~ショルティ指揮国際コンクール |アパートメント
    halca-kaukana
    halca-kaukana 2019/02/14
    ショルティ国際指揮コンクール「君はまるで侍のように無心に音楽に取り組み、誰よりも曲を理解していたね。でも、音楽は敵じゃないよ。もっと音楽に寄り添って…」
  • ドナウ川の流れる街 |アパートメント

    ドナウ川の流れる街、ハンガリー・ブダペストで、私は音楽の勉強を続けている。 ハンガリーとの出会いはかれこれ24年前。高校時代に所属していた吹奏楽部で、ハンガリーへ演奏旅行に訪れたことが契機だった。デブレツェン、ケチケメート、そしてブダペスト。ハンガリー人のおおらかな人柄に惹かれると同時に、いつかここで音楽を勉強したいと夢を描く自分がいた。 高校卒業時、幼馴染みで高校も一緒に楽器を演奏していた仲間のひとり、深堀美穂さんが18歳という若さで白血病で他界してしまう。その白血病と闘っていた彼女から、生前、1通の手紙をもらった。「私には夢があるの。何年かかってもいいから大学に進学する。そして学校の先生になるの」。その手紙の中身は、夢にあふれていた。私は彼女の遺志を継ぎ、教育学部のある大学へ進学し、地元千葉県で10年間の教員生活を送った。元気でやんちゃな高校生との生活は、とても魅力的かつスリリングだっ

    ドナウ川の流れる街 |アパートメント
    halca-kaukana
    halca-kaukana 2019/02/07
    ハンガリーで活動している指揮者 原口祥司さん。高校時代ハンガリーと出会い、教員をしていたが30過ぎで音楽の道へ。思い切ってもそれをやり通す継続力、すごいなと思う
  • 自分の生きづらさくらい |アパートメント

    人生は運ゲー、とにかく行動したほうが勝つ」。そんな言葉が妙に真理に感じてしまうのは、自分が勝っていないほうの人間だからだ。 サイコロを振ろうとすると、いつも不安に頭を支配されてしまう。1が出るのは恥ずかしいし、6が出てもなんだか後ろめたい。安心するのは3や4だけど、それが当にほしいわけじゃない。あれこれと考えているうちに、タイミングを逃したり、棄権することを正当化してしまったりする。 出目がなんであれ、トライすることが大事なのだった。そうすれば、誰かが見ていたり、自分なりに結果を考えたりして、また新たなサイコロを手にしただろう。しくじろうとなんだろうと、次へ進んだはずだ。扉を開かないことで可能性を温存しているようで、少しずつ、たしかに失っていた。 あの時サイコロを振っていたら、と考えることがよくある。後悔とは違うのだけど、何かにトライする時、この気質が自分の人生を方向づけてきた事実に改

    自分の生きづらさくらい |アパートメント
    halca-kaukana
    halca-kaukana 2019/01/30
    「自分が苦しいと思うかどうか/生きづらさの判断くらい、他者に委ねなくてもいい。自分の生きづらさくらい、自分で決めていい。その主体性を取り戻すことから、きっと回復がはじまるのだ」
  • モノクロの景色 |アパートメント

    先週の土曜日、朝の8時頃にヘルシンキの中央バスターミナルに着いた。眠かった。ターミナルにあるキオスクの前から、朝ごはんをべている友達のマリ*を見つけた。もう一人の友達、ロッタは、バスの出発時間より5分前に急いでやって来た。私たち三人は高校の同級生で、クオピオと言う東フィンランドの都市へ向かおうとした。二年前にもう一人のクラスメートハンナが、その都市へ引っ越したのだ。 私にとってクオピオへ行くのは初めてで、どんな町なのかよくわからなかった。その名物はカラクッコと言う不思議なべ物だということだけは知っていた。カラクッコは、パンなのかパイなのかよくわからない。ライ麦粉の生地の中に、薄切りにした豚ばら肉とムイックと言う魚(日語でモトコクチマスと言うらしい)が入っている料理である。オーブンで7時間ぐらい焼かないといけないので、決してファスト・フードではない。 ハンナがクオピオへ引っ越したのは、

    モノクロの景色 |アパートメント
    halca-kaukana
    halca-kaukana 2019/01/28
    クオピオでの、ハンナさんの話。胸に染み入る。/あの「カラクッコ」はクオピオの名物なのか。
  • 冬はデジャ・ブ |アパートメント

    この連載を始めた時、新しい部屋と8月に戻って来た母国を何とかして心地よい場所にしなければならないと書いたが、気づいたら早いものでもう一月の中旬になり、何もしてない。カーテンもカーペットも購入していない。ちょっと変わったのは、ぱっさりと切った髪の毛だけだが、それだけで気分が変わる訳ではない。 冬のフィンランドの日常について、誰か他の人が書いたら、私より百倍面白い話になると思う。アウトドアが好きな人で、クロスカントリーをしたり、雪に覆われたヘルシンキの街並みや田舎の凍った湖の写真を撮ったりするような人なら、この季節はかなり楽しく過ごせると思う。私の友達で、マイナス10度の日にもジョギングをするような人がいて、毎週走った距離や速度を添えて、冬のスナップをアップしている。もう一人の友達は、寒中水泳に夢中になっている。それに対して私は、ジムへ行くのもやめた。 夏なら散歩もジョギングも好きだが、今年も

    冬はデジャ・ブ |アパートメント
    halca-kaukana
    halca-kaukana 2019/01/21
    「「自分の幸せに責任を持つ」/どうすれば幸せになるのか、どうすればこのループから自由になるのか/つまらない日常を送ってしまったら、それは私の責任だ」