こんな話がございます。 平安の昔の話でございます。 うら寂しい夜の通りを。 男がひとり歩いている。 年の頃なら三十ばかり。 背丈はスッと伸びるように高く。 頬の髭は少し赤茶けている。 侍格好の逞しき男児でございます。 「気味の悪い晩だ」 ト、男がふと嘆いたのも無理はない。 その視線の先。 中空に赤銅色の月が浮かんでいる。 雲一つない闇夜に浮かびあがる。 鉄塊がくすぶったような色の丸い月。 輪郭に白い光を僅かに残し。 徐々に闇に蝕まれていく。 今宵はいわゆる月蝕でございます。 「ええいッ」 男はこの何やら不吉らしい気分を振り払うように。 肩をブルブルッと震わせると、力強く歩を進めていった。 ト――。 「チッチッ、チッチッ」 どこからか、鼠でも鳴くような。 イヤ、人が舌でも鳴らすよな。 そんな妙な音が聞こえてくる。 ふと見るト、通りに面した家の半蔀(はじとみ)の中から。 白く艶めかしい腕がニュ
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