柳田國男が見つめるのはいつも、日本のそこかしこに残る、文字にならない人々の意識の痕跡である。それはときどき不思議なかたちをしている。例えば妖怪とか。そして現代に残ることばをよすがに、世の移り変わりにつれて、妖怪がその姿を変えていく様子を再現しようとする。柳田國男の生きた時代にしてすでにその痕跡は幽かなものになっていて、残念ながら全体像が結ばれることはない。それでも「妖怪談義」は古き日本の在り方を彷彿とさせる思いがけない発見に満ちている。 「われわれの畏怖というものの、最も原始的な形はどんなものだったろうか。何がいかなる経路を通って複雑なる人間の誤りや戯れと結合することになったでしょうか。」