夕暮れとともに暑さは和らぎ、路上を吹き抜ける風が心地よい。フォークシンガー・なぎら健壱(60)は、この日も浅草にいた。 浅草寺の西側裏手に広がる「浅草六区」。酒場が軒を連ねる通称・煮込み通りの北側に、なぎらが20年ほど前から通う「正ちゃん」はある。夕方、路上のテーブルに陣取り、「生!」「煮込み!」と店主の高島文雄(64)に歯切れ良く注文した。 牛スジをトロトロにした煮込みに、これでもかというくらい、一味を振りかける。「いくらかけても辛くならないから不思議だよ」。赤く染まった牛スジを前に、笑顔がはじけた。 パナマ帽にアロハシャツ姿。ジョッキを傾けた姿が、古い店になじんで見える。「あたしはどんな場所にも溶け込む保護色をまとっているんですよ」。だが、通行人にすぐ見つかっては、「久しぶりだねー」「お〜、なぎらさーん元気っ」と声がかかる。「この仕事選んで、街で声かけられなくなったら終わりだけど