平素より「はてなハイク」をご利用いただき、ありがとうございます。 「お題でつながるミニブログ」としてご利用いただいていた「はてなハイク」は、2019年3月27日をもちまして、サービスの提供を終了させていただきました。 これまでご利用いただきましたユーザーの皆さまに深く感謝いたします。 誠にありがとうございました。 詳しくは下記をご覧ください。 http://labo.hatenastaff.com/entry/2018/11/19/113653 株式会社はてな
00:54 この問題はさすがに 100字で 書ききれない。 http://blog.goo.ne.jp/matsuoka_miki/e/4d412064f66572866e1f1c3fa924dec3 http://b.hatena.ne.jp/entry/http://blog.goo.ne.jp/matsuoka_miki/e/4d412064f66572866e1f1c3fa924dec3 俺も基本的には議論を好む。 00:59 ただ俺が松岡氏と異なるのは、はてブも議論の道具として考えている点だ。もちろん はてブには反論装置が用意されていない。トラックバックは打てないし、コメントで返すことも難しい。この点については松岡氏の私的は正しいと思うし、俺はむしろこうした反論装置をはてブに付けるべきだと考えている。 01:02 その一方で、俺は はてブ上でのツッコミ・ツッコまれを重視している面
どうするかな、と。昨日、いちおうブログサバトっていうか、離れていてというか思った。 なんとなく極東ブログを続けていく気力みたいのは抜けてきているというか、いろいろ思ってもめんどくさくて書かなくなりつつあるというのと、批判されることがわかっていて書くだけの気力というか、理解されないなとか最初に萎えてしまう。というか、理解されるように書けないわけでもないがそれがつらい感じだ。 ネガコメだけ書きまくっている人は楽だろうなとかちょっと思ったが、つまりはそういうことだ、つまり、そんなのは書いている意味がない。 はてながどんどん変わっていく。haikuも面白いと思うし、使い道はあるのだろうけど、というか使い道をちょっと考えてみたい気はするが、スターがどうも受け付けない。 人を褒めるというか賛意というのを明示する関係というのもいいのかもしれないが、なんか私としては恥ずかしい。もっと暗黙で自然でいいのでは
さきほど、はてなハイクを正式公開し、はてなユーザーならどなたでもご利用いただけるよう、すべての制限を解除しました。 http://h.hatena.ne.jp/ はてなハイクは、12月13日(木)にクローズドベータとしてリリースを行い、人数を制限したベータテストを続けてきました。この期間中、625名のユーザーの方々にベータテストにご参加いただき、約3日間でのべ9,529エントリーもの書き込みが行われました。ベータユーザー1人当たりの平均エントリー数が15エントリーを超え、当初の想定以上に高い頻度でご利用頂いていました。 期間中には、不具合の指摘や機能に関するご要望などを多数頂き、随時修正、改善を行って参りましたが、致命的な不具合の修正が一通り終了したこと、最低限お使いいただける機能が揃ったこと、システムが比較的安定していることなどから、正式公開を行う運びとなりました。 はてなの新しいサービ
ネイルで使う材料で、DIY時の木割れやネジ跡を派手にしたらかわいい OSB合板でちょっとしたボックスをつくりました。 ビス止め下手すぎて木を割ったり穴あけすぎたりした場所に、好きな派手色の樹脂を詰めてパテ代わりにしてみました。 ちょっと某HAYっぽみ出て可愛かったので、自分用にメモです。 手順 塗装 派手色グミジェルで失敗部分…
他人の死を取り上げない 個人ブログ・個人サイトの文章なんて、何を書いたって自由だ。できれば責任持ってアップして欲しいけど、無責任な気持ちで公開したってかまわないはず。何書いた何言ったって自由な国に住んでいます。 で、コントロールする指標となるものはいろいろあるけど、法律とかマナーとかのほかに俺が大事にしてるのは、やっぱり美学かな、と思う。自分のサイトに載ってる文章の是非は、やっぱり自分の美学のもとに完全に統制されていて欲しい、と思う。 だから俺、興味ない人が亡くなっても、自分のサイトで取り上げたりしないんだよね。 俺、自分に関係ある人でなければ、誰が死んだって全然悲しくない。お悔やみの言葉すら捧げたくない。申し訳ないけど、世界じゅうの恵まれない子供たちが、俺がmp3ファイルで音楽聴いてる間に何の娯楽も享受することなくバタバタ死んでる事実がわかっても、全然胸が痛まない。ハンバーガーのおとも
当記事ですが、 予想以上な反響が出てしまっているようです。 興味をもってくださって大変嬉しいのです。 ただ違う反響に繋がりそうな意見も幾つかあるみたいですし、 該当ページもなくなったので、エントリーは削除しますね。 “はてぶ”などして下さったみなさんに感謝。
人生の目的はなんだろう、みたいな悩み。生きたいと行きたいを混同しているということだろうか。あるいは、なぜ「何事にも目的がある」という前提になるのだろうか。目的のないモデルというものがあって、だからといってそれは目的モデルより劣るわけではないし、目的をその中から取り出して楽しむも良いし、そうでないのもよい、ということだとおもう。教条的になってはいけないということなのだろうか。「好きを仕事にする」に絡めていえば、好きなコトを仕事にするのと、好きなように仕事するのと、この両者は違うし、応用範囲も違う。自分的には好きなコトをやるというよりは、どんなコトであっても好きなようにやる、というスタンスのほうがしっくりくる。
1918年 米国ニューヨーク州ブルックリン生まれ 1937年 ニューヨーク市立大学卒業 1941年 ロッチェスター大学医学部で医学博士号取得。 ニューヨーク州ストロング記念病院でインターン勤務。 1942年 米国公衆衛生局入局。 沿岸警備隊(米国海軍)の船医として数ヶ月勤務した 後、国立衛生研究所(NIH)栄養学部門に異動。 1947年 同酵素部門部長 1953年 ワシントン大学医学部微生物学科教授 1959年 スタンフォード大学医学部生化学科教授 1988年 スタンフォード大学医学部 生化学科 名誉教授 現在も現役で研究を続ける 私の人生は、普通の研究者とはかなり違っています。子どもの頃から科学を目指していたわけではなく、研究のトレーニングを正式に積んだわけでもありません。成り行きでこの道に入ったようなものです。しかし一度ここに入り込んだあとは、酵素に恋をしてしまった。私の出会った酵素た
文章とは、読んだ人が自由に解釈できるところがすばらしい。筆者がどんな意図で書いていようが、読み手が思うままにイメージの翼を広げられる。それが読むことの醍醐味である。 まあ別に作文に限らず、芸術とはそういうものだ。だから自分の文章を自分で解説するなんてヤボだし、非常にみっともない行為である。 だけどたまたまブログ「北の大地から送る物欲日記」さんから、私が書いたコラム『初心者ブロガーが「ブログ青春時代」を卒業するとき』(ASCII.jp)に以下のような問いかけをいただいた。 ブロガーとして立派な社会人ってのが何を指すのかは分からないけれど、 ●北の大地から送る物欲日記『ブロガーとしての成長に卒業はない』 なるほど。あの原稿は比喩を多用したから、読んだ人に意味が通じてない箇所も多いのかも? そう気づいた。とても貴重なご意見をいただいたと感じた。こういうのは実際に読んだ人から言われてみないと、自分
人にはメンタルモデルというか、マインドセットというか、「世の中はこういうものであるべきだ・あるはずだ」みたいな思いがあるのだと思う。それは幼少期から育てられていて、大人になると割と更新不可能なものとなって固定される。大人になってから立ち向かう世の中において、その思いに反することが連続すると、心的バランスをとろうとして、バランスをとる情報をとろうとするものだろう。「世の中は恥じらいがあるべきだ」と思っている人が、恥じらいのない開けっぴろげな世界に立ち向かうとどうなるか。恥じらい的な情報をほしがるだろう。「世の中は悪意や危険にあふれるもの」と思っている人が、皆善人面した世界に立ち向かったらどうなるか。危険や悪意、裏切りなどを好んで摂取するのではあるまいか。みんな現実に傷ついているのかもしれない。や、だから萌えとかケータイ小説だというつもりはないのだが。なんか感傷的な妄想になってしまった。
わたしは映画を見るために、よく歌舞伎町へいくのだが、あのあたりには三店のマクドナルドがあって、いつもたくさんの人が並んでいる。きっと、テイクアウトしたハンバーガーを映画館に持ち込むのだろう。看板に書かれた、赤地に黄色のMマークをなんとなく眺めながら、あのふしぎな国際企業について、わたしはいろいろと考えていたのだった。マクドナルドってへんな会社だよな。というのも、誰ひとりとして、マクドナルド製品が「健康的である」とは認識していないからである。あの店に並んでいる人はみな、これから口にする食品がからだによくないことをじゅうぶん承知している。ことによると、マクドナルド社は、自社製品が「からだに悪い」と認識されることを、むしろ「ビジネス的にはプラスである」ととらえてはいないだろうか。なんだかそんな気がしたのである。 アルコール中毒者のための自己診断には、このような項目がある。「今までに、自分の飲酒に
[募集]Twitterの雰囲気を文章にするだけの簡単なお仕事です。 - ここにいるだれか ちと乗り遅れた感もあるけど、Twitterを使っていて前から感じてる、僕のTwitter感を。 http://d.hatena.ne.jp/kanose/20050928/superioritycomplexgame 議論に参加しているブロガー(剣闘士) ウォッチャー(観客) コメントはしないでただ見守る人たち 一行コメント系(やじを飛ばしてる観客) 顕名(ブログやSBM) 匿名(2chとか通りすがり) はてブが出始めたころ、↑みたいな感じで「ブログは闘技場で、ブロガーは剣闘士、ブクマは観客席だ!」みたいな話が出たことがあったけど、この喩えで言うなら僕にとってのTwitterは「剣闘士(ブロガー)の楽屋裏」っていう感じ*1。 あるブロガーがTwitterで呟いてた*2内容が、後から記事になってアップさ
●男性の半数は「座りション派」 8年前の3倍超 http://www.asahi.com/life/update/1212/OSK200712120051.html ●露が欧州通常戦力条約の履行停止、欧米と対立先鋭化か http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20071212i104.htm ●ロシア、英交流施設閉鎖へ リトビネンコ氏暗殺影響か http://www.asahi.com/international/update/1213/TKY200712130059.html ●ステルス戦闘機の姿を捉えるレーダー・システム、SAAB社が開発 http://wiredvision.jp/news/200712/2007121222.html ●ICBM級のミサイル開発に着手=インド http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=2007
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