敬天愛人の原拠 敬天愛人の創唱者は、清の康煕帝、ついで中村正直である。 西郷隆盛が揮毫した「敬天愛人」は、1875年(明治8)以降のものが10点残っている。この語は中村正直(敬宇)の造語で、イギリスから帰国した直後に駿府で「敬天愛人説」(1868年)を書き、ついで静岡で執筆した『西国立志編』(1871年)の訳者緒論にもこの語を使っている。しかしもともとこの四字成語は1671年(康煕10)康煕字典で有名な清の康煕帝が「敬天愛人」という扁額を書いて、キリスト教会に与えたことがあるのが起源である。しかし諸橋大漢和辞典は、この語を西郷隆盛に由来するとしている。 わたしは10年あまり前に日本医事新報社の依頼を受けて「西郷隆盛書「敬天愛人」の典拠」という文章を書いたことがある。読者の医師から「敬天愛人」はキリスト教思想ではないかという質問があった由であった。 『日本医事新報』3608号(199
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