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ブックマーク / blog.tatsuru.com (56)

  • さよならアメリカ、さよなら中国(承前) - 内田樹の研究室

    アメリカの経済がどうしてダメになったのか、ということについてはさきほど書いた。 次は中国の経済がどうしてダメになるのかという第二の論点である。 これはおおかたの見通しと共通すると思う。 誰でもが認めるのは「賃上げ圧力の強化」である。 日企業が過去集中的に中国に生産拠点を移した最大の理由は「人件費コストが破格に安かった」からである。 だが中国は急速な経済成長を遂げた。そして、ニューリッチ層が出現し、桁外れの誇示的な消費行動を始めた。それが人々の「もっと金が欲しい」という欲望に火を点けた。 朝日新聞は昨日(10月30日)の「ルポチャイナ」で腐敗体質について報告している。 教育、医療、行政という「制度資」の根幹部分に「拝金主義」が入り込んでいる。 教員採用試験の合否も袖の下次第。教師には保護者から賄賂攻勢がかけられ、「金品をもらった生徒を前の席に集め、丁寧に教える。あとの生徒はほったらかし」

  • さよならアメリカ、さよなら中国 (内田樹の研究室)

    昨日の結婚式では右隣が某自動車メーカーの取締役、左隣が某貴金属商社の取締役だったので、さっそく日経済の今後について、東アジア圏の経済動向について、現場からのレポートをうかがう。 私は昔から「異業種の人から、業界話を聞く」のがたいへん好きなのである。 あまりに熱心に話を聞くので、相手がふと真顔になって「こんな話、面白いですか?」と訊ねられることがあるほどである。 私が読書量が少なく、新聞もテレビもろくに見ないわりに世間の動向に何とかついていけるのは、「現場の人」の話を直接聞くことが好きだからである。 新書一冊の内容は、「現場の人」の話5分と等しい、というのが私の実感である。 さっそく「TPP加盟でアメリカ市場における日車のシェアは上がるのでしょうか?」というお話から入る。 「多少は上がるでしょう」というのがお答えであった。 アメリカの消費者は同程度のクオリティであれば、ブランドというもの

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    homer_wells 2011/11/01
    「資本主義は消費者の成熟を好まない」
  • 地方紙の存在意義について - 内田樹の研究室

    10月29日朝日新聞の朝刊オピニオン欄に、アメリカの地方新聞の消滅とその影響についての記事が出ていた。 たいへん興味深い内容だった。 アメリカでは経営不振から地方紙がつぎつぎと消滅している。 新聞広告収入はこの5年で半減、休刊は212紙にのぼる。記者も労働条件を切り下げられ、解雇され、20年前は全米で6万人いた新聞記者が現在は4万人。 新聞記者が減ったこと、地方紙がなくなったことで何が起きたか。 地方紙をもたないエリアでは、自分の住んでいる街のできごとについての報道がなくなった。「小さな街の役所や議会、学校や地裁に記者が取材に行かなくなった」 「取材空白域」が発生したのである。 カリフォルニアの小さな街ベルでは、地元紙が1998年に休刊になり、地元のできごとを報道するメディアがなくなった。 すると、市の行政官は500万円だった年間給与を十数年かけて段階的に12倍の6400万円まで引き上げた

  • 雇用と競争について - 内田樹の研究室

    フェリスへの行き帰りの新幹線車中で、下村治『日は悪くない、悪いのはアメリカだ』(文春文庫)を読む。 先日、平川克美君に勧められて、これと『日経済成長論』を買った。 下村治は明治生まれの大蔵官僚で、池田勇人のブレーンとして、所得倍増計画と高度成長の政策的基礎づけをした人である。 1987年のだから、24年前、バブル経済の初期、アメリカがレーガノミックスで「双子の赤字」が膨れあがり、日では中曾根首相が「国民一人100ドル外貨を消費しよう」と輸出過剰を抑制しようとしていた時代のである。 24年前に書かれた経済分析のが、四半世紀を経てなおリーダブルであるということにまず驚かされる。 リーダブルであるのは、(リーマンショックによるアメリカ経済の崩壊を含めて)下村が指摘したとおりに国際経済が推移したからである。 これだけ長い射程で日米経済のありようを見通せたのは、下村のものを見る眼がきちん

    homer_wells
    homer_wells 2011/10/20
    「「生産性を上げる」というのは端的に「人件費コストを減らす」ということ」
  • 暴言と知性について - 内田樹の研究室

    復興相が知事たちに対する「暴言」で、就任後わずかで大臣を辞任することになった。 この発言をめぐる報道やネット上の発言を徴して、すこし思うことがあるので、それについて書きたいと思う。 松大臣が知事に対して言ったことは、そのコンテンツだけをみるなら、ご人も言い募っていたように「問題はなかった」もののように思われる。 Youtube で見ると、彼は復興事業は地方自治体の自助努力が必要であり、それを怠ってはならないということを述べ、しかるのちに「来客を迎えるときの一般的儀礼」について述べた。 仮に日語を解さない人々がテロップに訳文だけ出た画面を見たら、「どうして、この発言で、大臣が辞任しなければならないのか、よくわからない」という印象を抱いたであろう。 傲慢さが尋常でなかったから、その点には気づいたかもしれないが、「態度が大きい」ということは別に政治家が公務を辞職しなければならないような

    homer_wells
    homer_wells 2011/07/12
    「知的力量にほんとうに天地ほどの差があるのなら、相手を説得するくらいのことはできてよいはず」
  • 「疎開」のすすめ - 内田樹の研究室

    「疎開」を勧めている。 政府や自治体の方からいずれ公式にアナウンスがあると思うけれども、東北関東の大震災の被災地への救援活動を効率的に実施するためにも、被災地や支援拠点となる東北関東の都市部から、移動できる人は可能な限り西日へ移動することを勧めたいと思う。 いま被災地と、その周辺には限られた資源しかない。特に燃料の不足が顕著である。東日一円では自動車による移動がしだいにむずかしくなりつつある。東海地方にまで地震が広がって、新幹線をふくむ交通インフラの運転も安定していない。 できれば、移動手段に十分な余力があるうちに、移動できる人は西に移動することが望ましいと思う。 福島の原発については、危機的状況をすみやかに脱することを私も願っているが、主観的願望と客観的状勢判断は混同すべきではない。万が一、放射性物質の広域への飛散が始まったときに起こるパニックを想定すれば、「パニックがまだ起こらない

  • 成惠卿さんとお話しする - 内田樹の研究室

    成惠卿(ソン・ヘギョン)さんと能楽についてのセッションの打ち合わせのあとに1時間ほどお話をした。 たいへん興味深い話だったので、忘れないうちにここに記すのである。 ソンさんはSeoul Women’s University の日語日文学学部の教授、韓国の女子学生たちに日語と日文学を講じている。 長く日におられたので、流暢で響きのよい日語をお話しになる。 最初の話題は南北統一について。 これまでも何度も書いてきたように、朝鮮半島の南北統一以外に北朝鮮のハードクラッシュを回避する手立てはないと私は思っている。 「一民族・一国家・二制度・二政府」を掲げた「高麗民主連邦共和国」構想は1980年に金日成が提唱した。 北に有利な制度であったので、このときは韓国側に拒絶されたが、その後の2000年の南北共同宣言ではあらためて連邦の可能性が言及されている。 「落としどころ」はこのへんにしかない

  • PISAのスコアについて - 内田樹の研究室

    AFPによると、OECDが12月7日に公表した国際学習到達度調査(PISA=Program for International Student Assessment)結果で上海が世界のトップに立った。 国別のトップは韓国とフィンランドだが、初参加の上海が全科目で首位を独占した。 アジアのほかの国・地域も極めて良い成績を収めた。韓国は読解力部門で2位、数学で4位、科学で6位にランクイン。香港、シンガポール、台湾、日も好成績だった。 OECDの教育専門家は「質だけでなく機会の平等も重視する教育思想がアジア大陸の成功をもたらした」と分析している。 西洋諸国の専門家が高く評価する教育システムを持つフィンランドは、欧州勢でトップの成績で、読解力部門で3位、科学で2位、数学で3位につけた。 また、報告書によると、すべての国で、女性の方が男性よりも読解力の成績が良く、その差は学校教育1年分だった。この

    homer_wells
    homer_wells 2010/12/10
    「欧州の人々は階層が違う自国民よりも、階層が同じ他国民の方に親近感を覚える傾向がある」
  • 教育のコストは誰が負担するのか? - 内田樹の研究室

    増田聡くんがツイッターで、奨学金について考察している。 もう奨学金という名称を禁止すべきではないか。学生向け社会奉仕活動付きローンとか、強制労働賃金(返済義務あり)とか、いいのがとっさに思いつかないけど、現実を的確に解釈しかつ人口に膾炙するキャッチーな概念をこういうときにこそ考案するのが人文学の仕事なのではなかろうか。マジで。 すくなくとも現状の奨学金は奨学金ではなく貸学金と呼ぶべきだよな。 貸学金:たいがくきん。うっかり借りてしまうと社会奉仕を義務づけられ単位取得が滞りしまいには退学に追い込まれてしまう、恐ろしい学生ローンのこと。 今知ったんですが「貸学金」という言葉は中国語に存在しまして、うちの留学生の王さんにきいたところを総合するとほぼ日の学生支援機構「奨学金」と同種の学生貸付制度であるようだ(99年開始だとのこと)。一方で、中国には返済不要のちゃんとした奨学金も存在する。よっぽど

    homer_wells
    homer_wells 2010/10/22
    「直接的に教育から利益を引き出すのは、学校制度を有している社会集団全体である」
  • ドンガバチョ的 - 内田樹の研究室

    先日の毎日新聞の「余録」が日教育の失敗を海外の成功例と比較して難じていた。 例えばフィンランドはソ連崩壊の余波で「大不況に見舞われ国の歳出は大幅カット。そのなかで教育費だけ増やす大勝負に出た。それは大きな果実をもたらした。子どもたちの学力は急伸。国際比較ではいつも世界のトップだ。ノキアなど知識集約型の産業が発展し『森と湖の国』はハイテク国家に変容した。」 よく聴く話である。 もう一つの成功例はシンガポール。 「シンガポール政府のウェブサイトを見ると、英語、日語、中国語、韓国語など7種の言語で、世界の若者に留学を呼びかけている。もしあなたが卒業後3年間シンガポールで働けば、学費の8割を無償供与しましょうと。世界の大学はいま、いかに海外の優秀な頭脳を獲得するかを競う。それが国の将来を左右するからだ。日は大丈夫だろうか。英タイムズ紙系の『QS大学ランキング』10年版(アジア地域)を見ると

  • 「バブル」後記 - 内田樹の研究室

    「バブル」について書いたら、いろいろなところから反響があった。 もとのURLで名前が挙げられていた茂木健一郎さんも、勝間和代さんも、それぞれの意見をブログに発表している。 たぶん、このサイトの読者の多くはすでに読まれていると思う。 http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2010/08/post-be9f.html (茂木さん「さあこれから仕事だ」というときに邪魔しちゃってすみません)。 http://kazuyomugi.cocolog-nifty.com/ 私は遠藤店長の言葉のうちに「私に当てはまる批判」を見出し、そのご指摘を多として、これからは反省しよう・・・と思ったわけで、別に茂木さん、勝間さんに批判を加えたわけではない。 その点についてはおふたりともちゃんとご理解いただいていると思うので、心配はしていない。 私が批判したかったのは、日の出

  • フリーズする政治 - 内田樹の研究室

    たいへん興味深いことであるが、参院選前に「予測」を求める寄稿や取材依頼はたくさんあったのに、選挙が終わってしまうと、「総括」を求める仕事がさっぱり来ない。 むろん、私の「民主微減、自民大敗」という予測がはずれてしまったので、「政治向きのことをウチダに訊いてもつまらん」という合意形成ができたのかも知れない。 けれども、予測がはずれたのはおおかたの政治評論家もいっしょである。 私の知る限り、「民主大敗、自民大勝」という予測を掲げていた人はいないようである(自民党政治家は別だが、それは「主観的願望」と「客観的情勢判断」の意図的な取り違えにすぎない)。 けれども、これほど事前の予測がはずれたことについて、「なぜ、はずれたのか」のアカウントを求めることはたいせつなことだ。 「どうして予想がはずれたのですか」と誰も訊きに来ないので、自分で考えてみることにする。 参院選の前に私がいくつかの取材で申し上

    homer_wells
    homer_wells 2010/07/17
    総意としては「政治過程のフリーズ」を求めている
  • 「開かれた国」であることのコスト - 内田樹の研究室

    経済連携協定に基づいて来日し、今春看護師国家試験を受験したインドネシア人、フィリピン人の受験者254名の合格者は3名だった。 合格率1.2%。 不合格理由は日語で試験が課せられているからである。 日語話者は90%が合格する。 外国人看護師・介護士の受け容れがアジェンダにのぼったのは、小泉政権のときである。 日製品の輸出促進のための関税撤廃を進める見返りとして、フィリピンのアロヨ大統領から要請されたことに端を発する。 日製品を売りたいという日側のニーズと、海外に雇用機会を拡大したいフィリピン側のニーズの「等価交換」から話は始まった。 仙谷由人官房長官は「開かれた国」という国際イメージの定着のためにも、自国語・英語による受験機会への拡大を提言している。 だが、厚労省は、医療介護の現場で言語的コミュニケーションは死活的に重要なので、日語で試験を合格するという線は譲れないとして、これに

  • 英語公用語化について - 内田樹の研究室

    「ユニクロが公用語、英語に」という新聞の見出しを見て、「UNIQLO」という単語が英語の辞書に採択されたのか、すげえと思っていたら、そうではなくて、社内の公用語が英語になったのである。 日の企業ではすでに日産と楽天が公用語を英語にしているが、ユニクロも「日のオフィスも含めて、幹部による会議や文書は基的に英語とする」ことになった。 柳井正会長兼社長は「日の会社が世界企業として生き残るため」と語っている。 海外で業務ができる最低限の基準として、TOEIC 700点以上の取得を求めるのだそうである。 こんな時代にサラリーマンをしていなくてよかったなあ、と心底思う。 英語が公用語という環境では、「仕事はできるが英語はできない」という人間よりも「仕事はできないが英語ができる」という人間が高い格付けを得ることになる。 英語が公用語になったある学部では、英語運用能力と、知的ランキングが同期してし

  • 北方領土について考える

    大学院のゼミでは北方領土問題が論じられた。 ゼミでこの問題を論じるのは、20 年間大学にいてはじめてである。 沖縄基地問題についての論及回数とは比較にならない。 南島とくらべてそれだけ扱いにくい論件だということなのかもしれない。 学生たちがこの論件を忌避する理由の一つは、たぶんこの問題をリアルかつクールに分析することに対して、きわめてパセティックな「抑圧」がかかるせいである。 領土問題になると、国民国家の成員たちはどの国でもすぐに熱くなる。 「国境線については絶対譲歩するな」という言説が幅をきかすのはどの国でも同じである。 「国境線を譲歩しても、隣国との友好関係を構築するほうが国益にかなう」というタイプの議論をする人間は袋だたきに遭い、うっかりするとテロリストの標的になる。 国境線を少しでも拡げた政治家は「英雄」ともてはやされ、国境線を少しでも失った政治家は「売国奴」と罵られる。 それは古

  • 論争について - 内田樹の研究室

    ある月刊誌から上野千鶴子と対談して、「おひとりさま」問題について議論してくださいというご依頼があった。 上野さんと対談してくれという依頼はこれまでも何度もあった。 どれもお断りした。 繰り返し書いているように、私は論争というものを好まないからである。 論争というのはそこに加わる人に論敵を「最低の鞍部」で超えることを戦術上要求する。 それは「脊髄反射的」な攻撃性を備えた人間にとってはそれほどむずかしいことではない。 あらゆる論件についてほれぼれするほどスマートに論敵を「超えて」しまう種類の知的能力というものを備えている人は現にいる(村上春樹は『ねじまき鳥クロニクル』でそのような人物の容貌を活写したことがある)。 それは速く走れるとか高く飛び上がれるとかいうのと同じように、例外的な才能である。 でも、そのような才能を評価する習慣を私はずいぶん前に捨てた。 そのような能力はその素質に恵まれた人自

  • マトグロッソ始まりました。 - 内田樹の研究室

    お待たせしました、ようやくマトグロッソ始まりました。 やれやれです。 http://www.matogrosso.jp/ ブックマークしておいてくださいね。 いろいろな企画があるんですけれど、NSP もその中にあります。 いよいよ格的にストーリー募集です。 募集要項 National Story Project Japan みなさん、こんにちは、内田樹です。 ポール・オースターの『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』の「日版」を作成することになりました。 お読みになった方はご存じですよね。新潮社とアルクから訳が出てます。翻訳は柴田元幸さんたち。 『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』はどういうものかと申しますと、アメリカのいろいろな普通の人たちに寄稿してもらったショート・ストーリーの中から佳作をラジオでポール・オースターが朗読するという、それだけのものです。 でも、これが面白いんで

  • 父親のかなしみ - 内田樹の研究室

    小学館の取材で「家族」についてお話しをする。 もう何度も書いていることだが、親族制度というのは言語や経済活動と同じだけ古く、それを営むことができるという事実が人間の人間性を基礎づけている。 と書くと「ああ、そうですか」と退屈そうなリアクションをする人がいそうだが、人間とサルを分岐するのがその点であるということは、見方を逆にすれば「およそ人間であれば、誰でもできる」ということを意味している。 そこのところを当今の家族論は見落としているのではないか。 家族について論じている言説に触れて、つねに感じることは「そんなむずかしいことが『ふつうの人間』にできるわけないでしょ」ということである。 かつて「アダルト・チルドレン」という言葉がはやったことがあった(死語になってくれたようでうれしい)。 機能不全な家族で育った子どもがその後社会的能力が劣化する現象をいうのだが、そのとき列挙されていた機能不全家族

  • 「大反論」に反論(じゃないけど)(内田樹の研究室)

    週刊ポストの中吊り広告を見て、びっくりした話は昨日ツイッターに書いた。 「上野千鶴子に内田樹が大反論!」というアオリの効いたタイトルがつけてあるけれども、もちろんこれはポスト編集部の客寄せ「羊頭狗肉」タイトルであって、中身は「大反論」などいうほど気合いの入っていない「いつもの話」である。 その中の上野「おひとりさま」論に直接言及した箇所は以下の通り。 『おひとりさまの老後』には強い違和感を持ちました。あのの核心は「家族が嫌い」ということをカミングアウトした部分でしょう。「家族に何の愛情も感じてないから、世話になる気もないし、世話をする気もない」と考えている人が現に大量に存在している。でも、その心情は抑圧されていた。上野さんがそれを代弁したことがひろく共感を呼んだのだと思います。でも、ぼくはそれは「それを言っちゃあ、おしまいだよ」という言葉だったと思います。 「ひとりで生きる」ことが可能だ

  • 「なんとなく」の効用 - 内田樹の研究室

    合気道のお稽古に行ったら、入会希望者が7人来ていた。 そのほかに見学者が2人。 このペースで入会されていただくと、遠からず道場は「いかなごの釘煮」状態になってしまうであろう。 四月というのは新しいことを始めたくなる季節であるので、毎年四月第一週の入門者というのは多いのであるが、それにしても・・・ 私のを読んで来ました、という人はそれほど多くない。 ほとんどのかたは「なんとなく」ネットで調べているうちに、家の近所にある道場とか、時間の合う道場を見つけて来られたのである。 だが、不思議なもので、確率的に言うと、はっきりしたモチベーションを持って入門した人と、「なんとなく」入門した人では、「なんとなく」の方が長続きするのである。 『あくび指南』にもあるとおり、「友だちに連れて来られた人」の方が「引っ張ってきた当人」よりも格的になってしまうというのは「ありがち」なことである。 よくタレントのデ

    homer_wells
    homer_wells 2010/04/04
    「理由のよくわからないことを自分がしているときに、人間は「どうしてこんなことをしているのか」を知ろうとする。 知るためにいちばん簡単な方法は続けることである。」