谷本 千雅子 I.「不倶戴天の敵」 My Mortal Enemy が、その発表当時キャザーの失敗作と評されて以来1、近年に至るまで、批評的に閑却されてきたことの理由を探れば、おそらく、不愉快で威圧的な女主人公マイラ・ヘンショーの悪意に満ちた台詞――小説の結末で語り手ネリーが繰り返し、かつ作品のタイトルともなったフレーズ ――の衝撃に対する、読者及び批評家達の隠された嫌悪感に辿り着くであろう。以下は、小説のクライマックスで、マイラが瀕死の床でつぶやく問題の言葉である。 苦痛は堪えることができる。多くの人が苦しんでいるもの。けれどどうしてこんなふうになるの? こんなはずじゃなかった。私はこれまで友情を大切にしてきたし、病人も、忠実に看病してきた。なのに、何でこんなふうに、死んでいかなくちゃならないの。たった一人で不倶戴天の敵と一緒にだなんて。(78: 強調筆者) 従来マイラの「不倶戴天の敵」