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2008年12月7日のブックマーク (6件)

  • シンポジウム『腐女子文化のセクシュアリティ』参加レポート その5 - __ScrapBook of Plumber

    最後になりました。金田さんの発表です。やおい同人誌に主眼を置いて、やおいパロディ「文化」について語る感じ。よしながふみなど、古参同人作家の作品や雑誌などでのコメントを引用しつつ語っていましたが、さすがに全部メモは取れませんでした……。 自分としても比較的馴染みのある内容だったので聞き流してしまったという部分もあるかも。というわけでちょっと薄めです。 やおいパロディにおける腐女子の規範と可能性  法政大学非常勤講師 金田淳子 パロディとは 1,モトネタ作品の作者とパロディ作品の作者が違うと読者が認識している 同人誌の表紙を提示。モトネタの作者が書いていると思うひとは当然いない。 2,モトネタが読者に認識されている 商業作品におけるパロディ ジャンプの作品間パロディ 銀魂 ケロロ軍曹 月刊ガンダムエース シャア出世物語(?)*1 安彦富野さんが「シャアはあんなことしません!」と言ったとか。安彦

    シンポジウム『腐女子文化のセクシュアリティ』参加レポート その5 - __ScrapBook of Plumber
    isikaribetu07
    isikaribetu07 2008/12/07
    一応納得はするが、あの文章だけからそのような意味を読み取るのは一寸無理では。/しかしちょっとキツかったし、八つ当たりでもあったのかもしれん。すまぬ。/……とは書いたが「容姿も重要〜」の段落でもにょる。
  • 羅川真里茂の『ニューヨーク・ニューヨーク』は「やおいBL」か? - 腐男子じゃないけど、ゲイじゃない

    ごめん、今年中には書くからあと少しまってください。すいません。 ニューヨーク・ニューヨーク (1) (白泉社文庫) 作者: 羅川真里茂出版社/メーカー: 白泉社発売日: 2003/03/01メディア: 文庫購入: 2人 クリック: 127回この商品を含むブログ (47件) を見るニューヨーク・ニューヨーク (第2巻) (白泉社文庫) 作者: 羅川真里茂出版社/メーカー: 白泉社発売日: 2003/06/01メディア: 文庫購入: 3人 クリック: 15回この商品を含むブログ (15件) を見る 結構あちこちで聞いた気がする議論で「羅川真里茂のニューヨーク・ニューヨークはBLやおいかどうか」ってのがある。 でも、私としては、それは違うと言いたい。その理由は定義問題などではなく、私の政治的配慮として、BLレーベルと銘打っていないレーベルでの作品をBLやおいとするのは、問題があると考えるからだ。

    羅川真里茂の『ニューヨーク・ニューヨーク』は「やおいBL」か? - 腐男子じゃないけど、ゲイじゃない
  • すみれ色の自由 - くまくまことkumakuma1967の出来損ない日記

    別に全体を通じてオリジナリティのある話ではない。 まず、ニュートンの虹の7色というのは、後でわかったけどとても合理的な区分だという話から。 たまに、周波数は連続だから、虹を何色に分けようとそんな事は意味がないとかいう人がいるけど、これはそのひとが人間というものや自分自身を観察する能力が欠如しているからだろう。 今、エネルギーが等しく連続した波長スペクトル上にある単色を、ABC3種類の光ディテクタで検出するとする。ABCはそれぞれ異なる検出感度のピーク波長をもち、A,B,Cの順でピーク波長が長い。ピーク以外の波長に対してもピークからのずれが一定の範囲に収まればピークよりも低い出力をとる。 AはBの検出感度のピーク波長では僅かな出力しかとらず、A,Bのピークの中間の波長では1/2くらいの感度、Cのピーク波長では全く感度を持たない。BはA、Cのピーク波長では僅かな出力しかとらない程度にディテクタ

    すみれ色の自由 - くまくまことkumakuma1967の出来損ない日記
  • はてなブログ | 無料ブログを作成しよう

    来年も作りたい!ふきのとう料理を満喫した 2024年春の記録 春は自炊が楽しい季節 1年の中で最も自炊が楽しい季節は春だと思う。スーパーの棚にやわらかな色合いの野菜が並ぶと自然とこころが弾む。 中でもときめくのは山菜だ。早いと2月下旬ごろから並び始めるそれは、タラの芽、ふきのとうと続き、桜の頃にはうるい、ウド、こ…

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    isikaribetu07
    isikaribetu07 2008/12/07
    関係あるような無いような話だけど、この辺の話を見てると<やんごとなきY染色体>とやらを思い出すんだよなあ。なんで己にとって神聖なものを染色体やDNA「ごとき」に回収するのか。(やっぱあまり関係ないな)
  • 「被害者の人権」は普遍的か? (Dead Letter Blog)

    仮に子を惨殺された夫が、葬式で涙の一つも見せず、その翌日に女と遊びに行ってしまうような男だったとしよう。さらにもう一つ、彼の殺されたもしばしば育児をほったらかしにしながら男と浮気をし、家庭内不和が表面化していたと仮定を置いてみよう。つまり彼らの家庭は世間的に見て眉をひそめられるようなものだったのである。 さてその被害者遺族=夫がいかにも美味そうにタバコの煙をくゆらせながら記者会見でこのように主張するのである。 「犯人を決して許すことが出来ない。彼は許されないことをした。命をもって償わなければならない。」 光市母子殺人事件の被害者遺族である村氏はもちろん上記のような人間であるどころか、それとは正反対にあるような人である(ように少なくとも僕には「見える」)。彼は生真面目なサラリーマンであり、そして大恋愛の末結ばれたと待望の一人娘を一途に愛す良き家庭人でもあった。彼の家庭は現代の社会に

  • 「ゲーム」に参加しないことの意味 (Dead Letter Blog)

    このEntryを御覧になる方は是非、以下もあわせて読んで頂きたい。 「被害者の人権」は普遍的か? 今朝のみのもんたの番組での下村健一のレポートのテーマは「被害者参加制度」だった。市井の人間が参加することになる裁判員制度が始まろうとする中で、さらに被害者遺族が当事者として加わるということの意味について問題提起するものだった。果たしてそこには某市で起きた母子殺害事件で有名になった被害者遺族のコメントが寄せられていた。その彼いわく「被害者が裁判に参加するのは当然」・「そもそも被害者を理解せずに刑を科すことなど出来る訳がない」。 彼は「裁判への被害者参加」が被害者にとって待ち望まれたものであって、被害者の癒しに繋がるものであることを露ほども疑っていないように見える。だが当にそうだろうか?というわけでここでは、彼の理想とするような司法制度がどのような帰結を齎しうるのかを考えてみたい(従って実際の「