野球好きさん(名無しさん)へのお詫びと、アロルディス・チャップマンの投球フォームを目指すためのコツの記事削除に関する御連絡。 野球好きさん(名無しさん)へのコメントに書いた内容を再掲載し、読者の皆さんへのご連絡とさせていただきます。 記事削除は読者の皆さんへの4、5日の連絡期間を設け、行なう予定です。 コメントに書いた内容 野球好きさんのご指摘の通リ、チャップマンが着地後の上体の屈曲に腹筋を使っているという私の書いた内容は間違いで、腹斜筋と言うのが正解でした。それにしたがって、私の記事を訂正したのですが野球好きさんの考えに基づく内容であることを読者に指摘してから行なわかったことを、野球好きさんに深くお詫びいたします。 また、読者の皆さんに私の理論であるかのような誤解を与えてしまったことを、重ねて深くお詫びいたします。 野球好きさんの指摘された内容は以下の通リでした。(カッコ内) (動画、写
大瀬良“先生”母校でドカ食い秘話披露 拡大 広島ドラフト1位の大瀬良大地投手(22)=九州共立大=が16日、長崎県諫早市の母校・長崎日大高で保健体育を担当した教育実習を終えた。この日は在校生約1050人を前に講演を行い、高校時代に超人的な“ドカ食いトレ”を敢行した経験談を披露。目標に向かって努力することの大切さを説いた。 大瀬良が講演で高校時代の“ドカ食い”秘話を明かした。 身長185センチ、体重68キロだった高2の冬。「体を大きくしなくては」と決意し、11月から3カ月で10キロ増やした。球速は140キロを超え、高3夏は今村(現広島)擁する清峰を倒し、自身初の甲子園切符を手にした。 毎日、米2合の弁当3つ、こぶし大のおにぎり7つを持参。朝練習後におにぎり。3時間目の授業前に弁当1つ。昼休みは食堂で弁当2つ、うどんとカレーと牛丼。6時間目の前にパンを3つ。放課後の練習では部が用意した白飯。帰
アトランタ・ブレーブス、クレイグ・キンブレル 今大リーグで最も三振奪取率が高い投手はアトランタ・ブレーブスの若きクローザー、クレイグ・キンブレルです。キンブレルの平均球速は96.8マイル(時速156キロ)、最速100マイル(時速161キロ)、三振奪取率は16.7/9回で、3人の内2人は三振という凄い成績を残しています。身長は180センチしかありませんが、筋力トレーニングの成果だと思いますが、ガッシリとした筋肉のかたまりのような体型をしています。 キンブレルは球が速いだけではありません。制球も非常に良く、2012年度の四球率は2.0/9回です。 クレイグ・キンブレル24歳 Status状態: Active(現役) Full Nameフルネーム: Craig M. Kimbrel Born生れ: 5/28/1988 in Huntsville, AL Bats/Throws: R/R右打ち/右
メジャーリーグのワールドシリーズがついに始まりましたね。そこで、5日ほど前のものですが、アメリカ3大ネットワークの1つNBCによる上原の記事を翻訳してみました。誤訳があったらご指摘ください。 ウエハラ・フェノメノン NBCスポーツ、ハードボールトークより http://hardballtalk.nbcsports.com/2013/10/18/the-uehara-phenomenon/ さて、君もおそらく、今年のボストン(レッドソックス)の上原浩治が、野球史上の全投手と比べて、最も塁に出るのが難しい投手だったということをご存知だろう。それはとてもいいことだ。ここにWHIP(1イニングあたりの被安打と与四球の合計。少ないほど出塁されていない)の歴代トップ10、少なくとも50イニング以上を投げた投手のリストがある。 1. 上原浩治, 2013年, 0.565 2. デニス・エカーズリー, 1
通算607セーブの大リーグ記録を持つ史上最高のクローザー、マリアーノ・リベラはカットボールで有名ですが、リベラはそのカットボールを思った所に投げるコントロールが並外れています。そうしてバットのスウィートスポットにボールが当るのを阻止して打者を打ち取っています。 リベラのカットボールが打ちにくいのはスピード(90マイルを超える)だけではなく、制球の良さに起因しています。 リベラの制球力の秘密はどこにあるのでしょうか。リベラ自身が投球のコツを解説していますので見てみましょう。 まずはリベラの制球が優れている証拠を見てみましょう。ストライクゾーンのどこに投げているかを示すマップです。赤色の密度の高いところほどボールが集まっています。これを見るとストライクゾーンの真ん中にボールが来ていません。今迄多くの投手のマップを見てきましたが、どの投手もストライクゾーンの真ん中にボールが来ています。 リベラの
「まるで『ビー・バップ・ハイスクール』のような中学時代でした」 九里亜蓮は昔をこう振り返る。「ビー・バップ――」とは、主人公の不良コンビが毎日のようにケンカに明け暮れる80、90年代にヒットした人気漫画のことだ。 鳥取県米子市でアメリカ人の父、マーク・アントニオ・シェックさんと母、早登江さんの間に生まれた。父はブレーブス傘下の3Aで遊撃手としてプレーした元プロ野球選手。大学までは野球の他にアメリカンフットボール、バスケットボール、アイスホッケーの4大スポーツを並行してやっていた。アスリートの才能を受け継いだ九里は言う。 「体は強いと思います。これまでケガをしたことがないんです。肩とかヒジが痛くなったことも一度もない。これは父のおかげかもしれません」 父に付いて小3で渡米したものの、1年で帰国。小6の時に両親が離婚した。早登江さんは父親代わりとして営業の仕事に従事するようになった。出
落合博満が中日の監督に就任した8年前、男はすでに球界随一と評される捕手だった。落合が「名将」と称えられ出した時、男は「名捕手」と呼ばれはじめた。41歳、谷繁はまだ進化の途上にある。 「なんだ、この人?」 '04年から8年間にわたって中日ドラゴンズの指揮を執り、4度のリーグ優勝に導いた落合博満はユニホームを着ている間、選手個々の評価を頑なに拒み続けた。選手への配慮に加え、チームの機密が漏れることへの警戒もあったのだろう。 その落合が珍しく固有名詞を口にしたのが退任記者会見の席だった。 〈「一番変わったのは谷繁(元信)かもしれません。FAで来て、よそでレギュラー捕手だったわけですが、彼にも甘いことは一切言わなかった。彼が指導者になったとき、今まで経験したことをやってくれれば、いい指導者になると思います」〉(東京中日スポーツ'11年11月23日付) 落合中日の4度のリーグ制覇を語る上で谷繁を抜き
ちょっとした事件だった。球界随一の名手同士のコンバート。職人と呼ばれた二塁手にとって、遊撃はまるで未知のフィールドだった。あれから2年、もがき抜いた男は、再び元の聖域へと帰る。 落合さんを本気で恨みました セカンドとショートを野球の世界ではキーストーンコンビと呼ぶ。キーストーンとは二塁ベース。多くの打球がこの付近を通過し、野手と走者が知略を駆使してベースの争奪を繰り広げる。つまり二遊間はフィールドにおける要害の地である。 落合博満政権下の8年間で4度のリーグ優勝を達成した中日には荒木雅博というキーストーン・プレーヤーがいる。彼の存在なくして落合中日の躍進はありえなかった。 その荒木が落合に面と向かって、こう言ったのは落合がチームを去る直前のことだ。 「監督、本当に殺したいと思っていましたよ」 フフッと笑った落合、すぐさまこう切り返した。 「ようオマエ、泣き言言わんかったなぁ」 落合の命令で
高校時代の名声と、未来への希望を胸に飛び込んだ、憧れの舞台。しかしそこで彼らを待ち受けていたのは、あまりに過酷で厳しい現実だった。元プロ野球選手11人が語る、一軍と二軍を隔てるもの。 契約金ドロボーと言われて 「プロに入ると決まったときは、高校時代にやってきたことを続けていけば必ず活躍できると思っていたんです。しかし高校時代なら多少甘くても打ち損じてくれた球を、プロは逃さずヒットにするし、ボール球は簡単に見極められる。 コントロールのない僕は、エースだった上原(浩治)さんの投球練習での球が寸分たがわずキャッチャーミットに吸い込まれるのを見て仰天しました。すべてにおいて僕の知っている野球とは違いすぎたんです」 北照高校から'05年、高校生ドラフト3巡目で巨人入りした加登脇卓真(24歳・現香川オリーブガイナーズ)は、入団当時をこのように回顧する。自信と期待を胸にプロ入りした加登脇が目にしたのは
谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro日刊スポーツ●写真 photo by Nikkan sports プロ野球「行く人、来る人」2013 今年もドラフトで育成枠を含めると89人の選手がプロからの指名を受けた。その一方で、かつて「怪物」と呼ばれた男がひっそりユニフォームを脱いだ。8年前の今頃はマスコミの注目を一身に浴び、将来の巨人のエースと嘱望されていた辻内崇伸だ。大阪桐蔭高校時代の3年夏の甲子園で、左腕最速となる156キロを記録。2回戦の藤代(茨城)戦では当時大会タイ記録となる19奪三振をマークした。しかし、高校野球史にその名を刻んだ剛腕のプロ生活は度重なる故障との戦いだった。結局、1度も公式戦の一軍マウンドに上がることなく26歳を前にした今秋、8年間の現役生活にピリオドが打たれた。 一度も一軍のマウンドを経験することなく、8年間のプロ野球生活に別れを告げた辻内崇伸。
<近鉄時代の笑い話> 中日の谷繁元信監督(42)が、秋季キャンプでの紅白戦で4回を無安打4奪三振に抑えた1年目の若松駿太(18)という投手に、3万円の賞金を出したという。監督賞第1号ということで、名古屋のスポーツ紙では大きく報じられた。注目されることで、本人には励みになろう。谷繁監督の狙いもそのあたりにあるのだろうと推測する。 逆に言えば、監督賞にはその程度の効果しかない。シーズン中、貴重な働きをした選手にやたらと賞金をバラまく監督は結構いて、それがナインのヤル気に一役買っているなんて話を聞くと、私などは「くだらない」と鼻白んでしまう。 以前、このコラムにも書いたが、私もその手の賞金を選手に出したことはある。中日一軍投手コーチとして現場に復帰した一昨年、中継ぎとして貴重な働きをしてくれた新人の田島慎二(23)にシーズン中盤、「打たれたら賞金をやる」と言った。無心で投げていた彼が、結果
★特別編 世間はゴールデンウイーク(GW)。せっかくの連休も家族サービスに大忙しの読者のみなさん、そしてカレンダーに関係なくお仕事をされている方も、お疲れさまです。 私は1976年に高校を卒業してプロ入りし、引退後は球団職員、コーチと昨年までずっとプロ野球の現場にいたので、GWといえば長期休暇の正反対。一番の書き入れどきだった。 だからこの時期にあまりいい思い出はない。子供を旅行に連れて行ったこともなければ、入学式や卒業式、運動会といった学校行事に出たこともない。母子家庭みたいなもので、子供たちや女房には申し訳ないことをしたと思う。 いい思い出がない理由がもうひとつ。野球選手にとって遠征先での食事は大きな楽しみだが、GWは行きつけの店の大半が休みなのだ。広島は小イワシの天ぷら、カキ、お好み焼き。大阪の寿司、焼き肉。名古屋ならステーキ、みそカツ…。全部ダメ。世間は行楽シーズンでご当地グルメに
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