イスラエルとイスラム組織ハマスとの戦闘が始まってから1年。 パレスチナのガザ地区では死者が4万人を超え、いまも深刻な人道危機が続いています。 ガザの現状や、日本で支援に立ち上がった人々の姿を前編の記事でお伝えしました。 今回は、ガザの子どもたちを20年以上にわたって支援してきた桑山紀彦医師の活動を通じて、私たちにできることを考えます。
イスラエルとイスラム組織ハマスとの戦闘が始まってから1年。 パレスチナのガザ地区では死者が4万人を超え、いまも深刻な人道危機が続いています。 ガザの現状や、日本で支援に立ち上がった人々の姿を前編の記事でお伝えしました。 今回は、ガザの子どもたちを20年以上にわたって支援してきた桑山紀彦医師の活動を通じて、私たちにできることを考えます。
(CNN) パレスチナ自治区ガザ地区の学校に対してイスラエル軍が空爆を行い、パレスチナ人少なくとも90人が死亡した。地元当局が明らかにした。 ガザの民間防衛当局によると、10日未明の空爆を受けた学校には家を追われたパレスチナ人たちが身を寄せていた。広報担当者はCNNの取材に答え、「少なくとも90人の遺体を回収した」「多くの遺体はばらばらになり、身元が分かっていない」と述べた。 イスラエル国防軍(IDF)はCNNに対し、学校を攻撃したことを確認。学校の建物にはハマスの司令部が設置されており、空軍がそこで活動する「テロリストたちを正確に攻撃した」と主張した。 IDFの声明によれば、当該の司令部はIDFの兵士とイスラエル国家に対する様々な攻撃を策定、促進しているという。 CNNの質問に対し、IDFはこうした主張を裏付ける証拠を一切提示しなかった。 同軍はまた、空爆を実施する前に民間人に危害を与え
パレスチナ自治区ガザ(CNN) 爆発の衝撃で自宅が揺れ、ノートパソコンが吹き飛んで、粉々に割れたガラスや破片の上に落下した。点滅する画面に目をやって私はため息をつき、また1台のコンピューターに、そしてこの原稿に、死を宣告することも覚悟した。私はパソコンを床からそっと拾い上げると、何とか命を吹き返させた。そして執筆を続けている。 ガザにいる私たちはこの5日間、誰もがニュースにくぎ付けになり、攻撃と反撃が交わされ、境界の両側で死者が増えていく様子を信じられない思いで見守っている。暴力は毎回、違う始まり方をする。だがここでの終わり方はいつも同じだ。パレスチナ人が重い代償を負う。私たちは永久に悲劇的な結末を予期しながら生きている。 今、私は原稿を書いている。なぜなら執筆は生命線であり、この数日の間に底知れぬ闇が深まっていく現実からの、つかの間の逃避でもあるからだ。 電気は止まり、水は不足し、家の外
ロシアが支配下にあるウクライナ各地から多くの子供を強制的に連れ出して家族と引き離していることが、戦争犯罪の強制移送にあたるとして、国際刑事裁判所は今年3月、ウラジーミル・プーチン大統領らに逮捕状を出した。 親の知らないうちにロシア国境に近い学校へ連れ去られた男の子は、ロシアのウクライナ侵攻を象徴する「Z」のマークがついたロシア兵の服を着せられ、「もうウクライナには何もない。戻ってもしょうがない」などと聞かされていた。 ロシア占領下のヘルソンからロシア運営のサマーキャンプにわずか2週間のつもりで息子を行かせた母親は、それから6カ月も息子に会えず、このままでは息子はロシアの養護施設に入れられてしまうと知らされた。
1月6日、ウクライナ西部リビウで、ウクライナの伝統衣装を着て正教会のクリスマスを祝う子供たち(ロイター) 【キーウ=渡辺浩生】ロシアがウクライナの占領地から子供を連れ去っている問題で、ウクライナの非政府組織「セーブ・ウクライナ」が4月、31人の子供をウクライナの家族のもとに連れ戻すことに成功した。救出活動は困難を極める。子供を「洗脳」し、侵略や連れ去りを正当化するロシア側のさまざまな工作も浮き彫りになっている。 ウクライナのデータによると、ロシアによる昨年2月の侵略後、約1万9000人の子供がロシアや併合したクリミアに連れ去られた。米エール大は約6000人と見積もる。国際刑事裁判所(ICC)は戦争犯罪としてプーチン露大統領らに逮捕状を出した。 ウクライナ元大統領直属の子供問題行政監察官で、セーブ・ウクライナ創設者のミコラ・クレバ氏は記者会見で、4月8日に到着した31人を含め、95人を取り戻
ちくま新書『ウクライナ戦争』の著者・小泉悠氏が、戦争について、人間について、悪について、子供たちについて、その本質を率直に語った貴重なエッセイ。PR誌「ちくま」1月号より緊急転載いたします。 戦争という現象にはいろいろな顔がある。直接の戦争経験を持たず、軍事オタクとして生きてきた筆者が戦争と聞いてまず思い浮かべてきたのは、「戦闘」だった。巨大な軍隊同士が火力や機動力を発揮して敵の殲滅を目指す暴力闘争。これは間違いなく戦争の一つの顔ではある。 しかし、12年前に子供を持ってから、戦争の別の側面を意識するようになった。子供という、この弱くて壊れやすいものを抱えながら生きていくということは、平時の社会においてもなかなかに緊張を強いられるものがある。すぐに熱を出す、とんでもないことで怪我をする、迷子になる。そういう子供との暮らしに、爆弾が降ってくるのが戦争である。あるいは、子供に食べさせるものがな
続編的記事。 「シュン@ひろしまタイムライン」について出典元やその他の書籍との比較 - 電脳塵芥 NHKの「ひろしまタイムライン」というツイート企画の中で以下の内容が投稿されました。 この企画は1945年の広島を生きた3人の日々をSNSで毎日発信するというものでありますが、その内容は原本そのままではなく原本となる日記をもとに今の10代の若者たちがアレンジして発信というもの。上記の「朝鮮人」記述は現代の差別的状況を鑑みた場合や戦争への反省、加害責任を考えた場合には前提となる知識や注釈なしで情報を発信するにはあまりにも迂闊な事であり、朝鮮人が受けてきた被害の歴史をある時点での本来比較にならないほどの「加害」によって日本人が与えてきた加害を感情的に相殺させる作用さえあります。また戦後に朝鮮人による暴力事件があったのは事実でありますが、それを在特会などが誇大的に発した「朝鮮進駐軍」という【デマ*1
「忘れなさい」 そう言われると、逆に忘れられなくなることが誰にでもあるだろう。 あれは夏の日差しが強い日だった。 祖母と曾祖母が唯一、沖縄戦のことを話してくれた日。 心が強い人で、“笑い上戸”の祖母がその時は目にハンカチを押しつけながら泣いていた。 そして言ったのだ。「この話は忘れなさい」と。 その孫娘であるアーティスト・Coccoは忘れなかった。 むしろそれはCoccoが「戦争」を語り継ぐ原点になった。 Cocco 1997年にデビュー。「強く儚い者たち」「樹海の糸」といったJ-POPナンバーから「ジュゴンの見える丘」など古里・沖縄をテーマにした歌まで幅広い楽曲を世に送り出してきた。2021年春のNHK連続テレビ小説のヒロインに決まった清原果耶のファーストシングルの作詞・作曲・プロデュースも手がける。 たった一度。祖母の証言 太平洋戦争で日本唯一、住民を巻き込んだ地上戦となった沖縄戦。4
「みんなね、8月15日に負けて終わりました、気持ちが自由になったっていうけれど、あたしなんかそんなの全然なかった。そもそも戦争が終わったことも知らない。自分が生きるのに、精一杯でね」 BuzzFeed Newsの取材にそう語るのは、鈴木賀子さん(82)。東京大空襲で母親や姉を亡くし、孤児となった。 「空襲のあとも、生き残った姉と弟と一緒に暮らすことすらできなかったんですよ。どこにも、行くところはなかった。地獄そのものでしたよ」 日中戦争がはじまった翌年の、1938年に生まれた。幼少期を過ごしたのは、いまの東京都江東区、北砂という町だ。ガスタンクが近くにあったことをうっすら覚えていると話す通り、近くには大きな工場などもある住宅街だった。 運送業を営んでいたという父親を病気で亡くし、木造平家の長屋に母親とふたりの姉と弟と暮らした。裕福ではなかったが、下町らしい、ささやかで幸せな暮らしだった、と
第二次世界大戦を描いたこの映画は、最も恐ろしく最も難解な映画でもある。一度見たらなかなか頭から離れない。 『炎628』はしばしば戦争映画史上最高の傑作と言われ、間違いなく世界で最も人気のあるソ連映画だ。この映画は第二次世界大戦の一部分を、ベラルーシの十代の少年の視点から描いたものである。『炎628』は劇中ずっと戦争の残酷さを憚ることなく見せつける。リアリズムを徹底したこの映画は、戦時中の人間の暗い所業ほど恐ろしいものはないということを教えてくれる。 この映画を見たことがないなら、絶対に見るべきだ(Russian Film Hubで『炎628』を見るにはこちら)。もし見たことがあっても、これらの9つの事実を知れば、映画がもっと面白くなるだろう。だが気を付けてほしい。最後の事実はネタバレだ。 1. 撮影中、実包を使用した
ここ数日、祖父母の戦争体験を語るエントリが多くあったので私も思い出した。 こわがりな祖母が聞かせてくれた沖縄戦の話 祖母は沖縄県中部の農村に生まれた。物心つく頃には労働力として畑にかり出され、毎日サトウキビの世話をさせられたらしい。 毎日畑と学校と家の往復で忙しかったけれど、それなりに楽しい幼少期を過ごしたそうだ。 だが中学に入学したあたりでそれまでの環境が一変した。 突然学校でウチナーグチ(沖縄の方言)を話すことを全面的に禁止されたのだ。ウチナーグチは本土の人間からすれば全く何を言ってるのか分からない未知の言語であるため、 こんなものを日本語と認めるわけにはいかん、正しい日本語を身につけさせお国に尽くす青少年を育成せよとのお達しが来たのだ。 日常会話の全てをウチナーグチに頼ってきた当時の子供たちはかなり戸惑ったそうだ。ウチナーグチがポロっと出ただけで教師に襟首を掴まれ、 ほかの生徒たちが
Search, watch, and cook every single Tasty recipe and video ever - all in one place! News, Politics, Culture, Life, Entertainment, and more. Stories that matter to you. 戦後70年以上PTSDで入院してきた日本兵たちを知っていますか 彼らが見た悲惨な戦場戦争から生き残り、日本へ帰国しても精神病を患ったとなると一家の恥とされ、故郷に帰れず入院したまま戦後の日本を過ごす兵士たちも多くいました。自身も元復員兵の父を持つ埼玉大名誉教授の清水寛さんに、戦時中の経験によりトラウマを抱え苦しんだ兵士たちの話を聞きました。
フランスのパリで11月13日の夜(日本時間では14日の朝)、パリ11区の若者向け繁華街を中心に、また北部のサッカー場の「スタッド・ド・フランス」で同時多発テロ事件が発生した。この記事を書いている現時点での死者は132人にのぼる。哀悼したい。また負傷者は349人とのこと。犯行は、犯行声明を出したIS(イスラム国)と見られる。日本のブロガーの一人としてこの事件の印象を記しておきたい。 事件でまず気になったのは、パリ11区という地域だった。11区にはコンサートホールは劇場など文化的な地区であり、どちらかというと若者世代やリベラルな世代の歓楽街である。テロリストとしてはウィークエンドの金曜日の夜に人が集まる地域を狙ったものだとも言える、という点では不自然ではないが、事件の第一印象はこの襲撃対象地で決まった 同時に、あるいはそれゆえか同時性として仕組まれたの「スタッド・ド・フランス」でのテロに多少の
これから書く文章の中には、読者のみなさんにとって、不愉快に感じられる箇所があるかもしれない。そのことをお許し願いたい。 わたしは大学を卒業していない。入学したが、わけあって大学を離れた。親や友人との交際も絶って、肉体労働をしながら、小さな小さな世界で生きた20代だった。 20代の終わり頃、腰を痛め、肉体労働もできなくなった。妻子とも別れ、養育費を送る身だったのに、金を稼ぐ術を失った。おまけに、ひどいギャンブル依存症になっていた。つてをたどり、やれる仕事は、他人にはいえないようなものでもやった。その一つが「女衒(ぜげん)」だった。簡単にいうなら、売春の斡旋である。 インターネットなどなかったから、三流夕刊紙に、内容をほのめかした広告を出す。男たちが電話をかけてきて、その男たちに女の子を紹介する。そんな、ヤクザがやっている商売の一番下っぱの仕事をした。わたしは、もっぱら新大久保のラブホテルに女
沖縄戦を戦った数百年の少年ゲリラ部隊「護郷隊」。その誕生から終焉までを、新たな日米の証言にもとづき、再現アニメをまじえて描いていく。 NHKスペシャル|アニメドキュメントあの日、僕らは戦場で~少年兵の告白~ 番組情報は『NHKスペシャル』サイトよりも「戦後70年ニッポンの肖像」が充実している。 NHK|ニッポンのポ >> 番組情報 >> NHKスペシャル 恥ずかしながら不勉強で、護郷隊という名前すら聞いたおぼえがなく、この番組で初めて沖縄戦の少年兵を認識できた。 まず護郷隊の生存者が証言し、どのように訓練を受けて人格を殺し、ひとりの兵士として沖縄で戦ったのか、淡々と語っていく。 法律でも現場でも志願という建前をとりながら、帰宅を選べば処刑されると軍人がにおわせていたこと。匍匐前進の訓練をさせられながら、指導者からベルトで鞭打たれたこと。子供だからと正面から敵拠点を偵察し、米兵からチョコレー
金子光晴の『寂しさの歌』の中に次のような一節があります。 遂にこの寂しい精神のうぶすなたちが、戦争をもってきたんだ。 君達のせゐじゃない。僕のせゐでは勿論ない。みんな寂しさがなせるわざなんだ。 寂しさが銃をかつがせ、寂しさの釣出しにあって、旗のなびく方へ、 母や妻をふりすててまで出発したのだ。 かざり職人も、洗濯屋も、手代たちも、学生も、 風にそよぐ民くさになって。 誰も彼も、区別はない。死ねばいゝと教へられたのだ。 ちんぴらで、小心で、好人物な人人は、「天皇」の名で、目先まっくらになって、腕白のようによろこびさわいで出ていった。 そしてこの長い詩は、以下のような一節で終わります。 僕、僕がいま、ほんたうに寂しがっている寂しさは、 この零落の方向とは反対に、 ひとりふみとゞまって、寂しさの根元をがつきとつきとめようとして、世界といっしょに歩いてゐるたった一人の意欲も僕のまわりに感じられない
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