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ブックマーク / www.webchikuma.jp (13)

  • 「維新の会」の "強さ" を財政学で読みとく|ちくま新書|丸山 真央|webちくま

    独自調査や財政データの分析から、大阪維新の会を徹底検証した吉弘憲介さんの新刊『検証 大阪維新の会 ―「財政ポピュリズム」の正体』(ちくま新書)。同書の書評を、社会学者の丸山真央さんにお書きいただきました。『ちくま』8月号より転載します。 「維新の会」について関西以外の友人や研究仲間からよく聞かれるのが、「どうして人気なのか」「当にそんなにすごいのか」ということである。書の著者も言っているように、関西以外で維新の会への関心は高くない。それでも国政選挙が近くなったり大阪発の全国ニュースが増えたりすると(最近だと万博の費用や会場の問題)、維新の会のことが頭をよぎるのであろう。そこで先の問いが投げかけられるわけである。 「どうして人気なのか」とは、要するに「誰がなぜ支持しているのか」ということである。そこで、「支持者は若年層や高所得層に限られないらしい」とか「自民党の支持層と大して変わらないそ

    「維新の会」の "強さ" を財政学で読みとく|ちくま新書|丸山 真央|webちくま
    kaikaji
    kaikaji 2024/08/06
  • ネガティブな言葉から現代中国の複雑さを理解する、変な中国語の本ができた理由|ちくま新書|楊 駿驍|webちくま(3/3)

    「生活が苦しい(日子很难过)」「ひとりぼっちだ(很孤单)」「もう精神の限界です(我的精神快要崩溃了)」。 楊駿驍さんによるちくま新書『闇の中国語入門』は、心と社会の闇を表現する45の言葉から読み解く、かつてない現代中国文化論です。この異色の中国語読は、どのように生まれたのでしょうか? 同書より「はじめに」と、「挣扎(もがく、あがく)」の項をを公開します。 「挣扎」は近代中国を特徴づけるもっとも重要なキーワードの一つだといえるかもしれません。中国近代文学のもっとも代表的な作家(「の一人」と入れなくてもいいぐらい代表的な作家)である魯迅が、20 世紀初期の中国人について述べるときに使った言葉として記憶されているからです。当時の中国の知識人は古く後進的で、奴隷根性にまみれた中国をなんとか新しく生まれ変わらせようとしていました。しかし、西洋列強によって割拠され、国家としての同一性が著しく脅かされ

    ネガティブな言葉から現代中国の複雑さを理解する、変な中国語の本ができた理由|ちくま新書|楊 駿驍|webちくま(3/3)
    kaikaji
    kaikaji 2024/06/11
    "(「挣扎」には)単に逃れる、抜け出すといった意味だけでなく、失敗を運命づけられていても、あるいは諸々の現実的な事情を鑑みればリスクが高いから本来そうすべきではないにもかかわらず、なお抜け出そうとする"
  • 地方にこそジャーナリズムが生きている|ちくま新書|松本 創|webちくま

    地方紙、地方テレビ局の現場と人を各地に訪ね歩いたWEBちくまの連載『地方メディアの逆襲』がちくま新書の1冊として刊行されました。WEB連載にはなかった「はじめに」を公開いたしますので、ご覧くださいませ。 マスメディア不信の時代が長く続いている。ネットを眺めれば、新聞の部数減少やテレビの視聴率低迷をはじめ、「オールドメディア」の衰退を伝える記事は枚挙に暇がなく、SNSには報道批判が溢れている。 「大事なことを報じない」「恣意的な切り取り」「偏向・歪曲」といった記事内容や視点への批判。「見出しがミスリード」「紋切り型のレッテル貼り」「安易な両論併記」という表現上の不満。「権力を追及・批判しきれていない」「忖度や癒着しているのでは」など取材姿勢の物足りなさ。中にはあまり根拠のない感情的反発や陰謀論の類いもあるが、概ね共通しているのは「既存のメディアは自分たちを代表していない」「望ましいジャーナリ

    地方にこそジャーナリズムが生きている|ちくま新書|松本 創|webちくま
    kaikaji
    kaikaji 2021/12/14
    "石丸さんはこう答える。〈社会を見つめる眼は複眼・多眼である方がよいに決まっている。一方向から見ただけでは、光の当たらない陰影や凹凸があることはわからない。私は「非東京の眼」でありたい〉"
  • 第1回 不都合な「自画像」が起こした波紋|地方メディアの逆襲|松本 創|webちくま(1/3)

    地方にいるからこそ、見えてくるものがある。東京に集中する大手メディアには見過ごされがちな、それぞれの問題を丹念に取材する地方紙、地方テレビ局。彼らはどのような信念と視点を持ってニュースを追いかけるのか? 自社の内幕を描いたドキュメンタリー『さよならテレビ』で、テレビを問い直した東海テレビ放送に迫ります。 テレビに未来はあるか──。ネット社会になって以降、何度も繰り返し問われてきた。若い世代はYouTubeなどのネット動画に流れ、NHK放送文化研究所の調査では「10代、20代の半数がほぼテレビを見ない」という。新型コロナ禍を機に、動画配信サービスの利用も急速に広がる。 この問題に切り込んだのが、愛知・岐阜・三重を放送エリアとする東海テレビ放送だ。3年前、自社を舞台とするドキュメンタリー『さよならテレビ』を放送し、昨年には映画版を公開した。そこに映し出されたテレビの現状は業界内外に波紋を呼び、

    第1回 不都合な「自画像」が起こした波紋|地方メディアの逆襲|松本 創|webちくま(1/3)
    kaikaji
    kaikaji 2021/07/17
  • 第2回 「視聴率」と「報道の使命」の間で|地方メディアの逆襲|松本 創|webちくま(1/3)

    kaikaji
    kaikaji 2021/07/17
  • パンデミックの夜に|特別掲載・大疫病の年に|重田 園江|webちくま

    新種のウイルスという見えない恐怖や先の見えない不安、そして氾濫する真偽不明な情報……。そうした奔流のただなかで、私たちは何を、どう考えるべきなのか。「分けるべきものを分け、結びつけるべきものを結びつける」──そうした思想史家の視点から、いま世界で起こっていることを理解するための糸口について、ご寄稿いただきました。ぜひご一読ください。 情報の氾濫と錬金術師 パンデミックをめぐって大量の言説が出回っている。情報の大波に、まさに溺れかけている人も多いだろう。新しい現象が起きたときというのは、確実なものと不確実なものを誰も明確に分けることができない。こうした振り分けは、未来においてはじめてある程度可能なことだ。時間を飛び越えられない人間存在の限界からすると、たとえば冷静に判断し「正しくおそれる」という台詞は、現状では空疎に響く。「正しく」がどうすることか明確に分からないなか、むしろ人々の不安を煽る

    パンデミックの夜に|特別掲載・大疫病の年に|重田 園江|webちくま
    kaikaji
    kaikaji 2020/05/08
    "むしろ分けなければならないのは、自粛要請で仕事がなくなって休業補償を求めることと、強い国家、ペストの都市の代官を容認することだ。国家に保障を求めることは、自由を譲り渡すことではない"
  • 日中戦争を二度と起こしてはならない|単行本|坂野 潤治|webちくま

    『帝国と立憲――日中戦争はなぜ防げなかったのか』の「はじめに」を公開します。近代日の立憲勢力は、軍部らの暴走にくり返し抵抗し、日中対立の激化への歯止めとなってきました。しかし、それにもかかわらず、80年前の夏、この国の民主主義が対外侵略を阻止しえなかったのはなぜでしょうか? 今年80歳を迎えた第一人者が、その真因を60数年におよぶ近代史に探りました。ぜひ、ご覧ください。 現代日が領土や特殊権益の獲得をめざして対外進出に着手したのは、1874(明治7)年の「台湾出兵」からです。獲得目標は琉球(今の沖縄)でしたが、出兵したのは中国(当時は清国)領土の台湾でした。他方、近代日が立憲制の導入に向けて具体的な一歩を踏み出したのは、その翌年、75年の明治天皇による「立憲政体樹立の詔勅」からです。前者を「帝国」化、後者を「立憲」化と呼ぶとすれば、この時から1937(昭和12)年7月に日中全面戦争

    日中戦争を二度と起こしてはならない|単行本|坂野 潤治|webちくま
    kaikaji
    kaikaji 2017/09/09
  • 平和主義はいかに可能か?|ちくま新書|加藤 朗|webちくま

    †安倍ドクトリンの無力 二〇一六年九月九日、北朝鮮が第五回の核実験を実施した。一月六日の第四回核実験(北朝鮮は水爆と称している)から、時を置かずして実験していることから、核兵器の大量生産やミサイルの弾頭部分に搭載できる弾頭化にどうやら成功したようだ。核兵器だけではない。運搬手段である弾道ミサイルの技術も確実に向上している。衛星打ち上げと称する発射も含めて、九月時点で二〇一六年の弾道ミサイルの発射実験は一三回にも及ぶ。しかも潜水艦発射ミサイル(SLBM)や、グアムを射程に収める中距離弾道ミサイルのテポドン改良型やムスダンの実験にも成功したようだ。日土を完全に射程に収める準中距離弾道ミサイルのノドンは、九月五日に三発を移動式発射台から連続発射したことで、完全に実戦化に成功した。イージス艦のSM-3およびPAC3によるミサイル防衛はさらに困難になった。 北朝鮮が、これほどまでに核やミサイル技

    平和主義はいかに可能か?|ちくま新書|加藤 朗|webちくま
    kaikaji
    kaikaji 2016/11/24
  • もっとも詳しく知る者が決定的に誤る逆説|ちくま学芸文庫|五百旗頭 真|webちくま

    8月刊行のちくま学芸文庫『日陸軍と中国――「支那通」にみる夢と蹉跌』(戸部良一著)から、五百旗頭真先生による文庫版解説を公開します。 書の著者戸部良一氏は、戦前期の日を研究する実証的歴史家である。精緻にしてバランスのとれた氏の研究は、学界と読者の篤い信頼を集めている。 一般に、史家にも二つのタイプがある。一方は、原資料にもとづく実証を重視し、過去の歴史のあったままを再生することに情熱を注ぐタイプである。他方は、史家自身の視角や現在の問題意識を優越させ、それを過去に投影し、新たな視角で過去を読み解こうとするタイプである。 対照的な二極に見えて、実はどの歴史家にも存在する二要素である。前者一辺倒に傾けば、史料をホッチキスで綴じたような退屈な事実記述の山に陥りかねない。確かな実証を通して、歴史にひそむ大小の水脈を読み取る洞察力なしによき記述は生れない。他方、後者に傾き過ぎれば、言いたいこと

    もっとも詳しく知る者が決定的に誤る逆説|ちくま学芸文庫|五百旗頭 真|webちくま
    kaikaji
    kaikaji 2016/08/24
  • 国家の攻撃対象は憲法原理である|加藤陽子☓長谷部恭男 記念対談「憲法と歴史の交差点」|webちくま

    描かれない戦争歴史 加藤  私は近代の歴史を研究しながら、軍部や軍の佐官級・課長級の事務当局者が何を考えて、そのような政策決定をしたのか、それをある程度わかりやすく説明してきたという自負があります。これまでも多くの研究者が、これについて精密に議論してきたと思いますが、それを「説得の論理」という形でわかりやすく説いたのは初めてかもしれません。 軍と徴兵制は、国家にとって最も大事な憲法原理である社会秩序を書き換える際の、力と権力の源泉を形成します。総力戦の一つの定義は、動員しうる兵士の数と壮年男子の数がイコールになる時代ですが、そのような時代に、日政治制度の中で、軍は国家や国民にどのようなことを説明して、予算獲得や徴兵制度の改変を行ってきたのか。このようなことに興味があました。 また、太平洋戦争歴史でいえば、当の激戦地では兵士が根こそぎ戦没します。アメリカ軍の第一線部隊と太平洋の

    国家の攻撃対象は憲法原理である|加藤陽子☓長谷部恭男 記念対談「憲法と歴史の交差点」|webちくま
    kaikaji
    kaikaji 2016/07/24
  • なぜ歴史を学ぶのか|加藤陽子☓長谷部恭男 記念対談「憲法と歴史の交差点」|webちくま

    を相対化してみるために 長谷部  今度は加藤先生の選書についてうかがいたいと思います。選書にあたってどういうお考えがあったのか、あるいはどういうご苦労があったのか。それについてお話しいただけますか。 加藤  はい。先生が選ばれた中には、カズオ・イシグロの『日の名残り』(土屋政雄訳、中央公論社、1990年)がありますね。カズオ・イシグロは私も大好きです。彼の小説には、滅びゆく大英帝国とアメリカとの相克が描かれている。私の選書中には、吉野作造や三谷太一郎、ドイツのヒトラーについて書かれたものなどいろいろあります。私がこの選書で志したのは、日というものを相対化するということです。その場合、歴史的にも地理的にも地政学的にも相対化する必要があると思います。 たとえば、村井章介さんの『中世日の内と外 増補』(ちくま学芸文庫、2013年)。村井さんは、当に広い視野から、世界史の中に日中世

    なぜ歴史を学ぶのか|加藤陽子☓長谷部恭男 記念対談「憲法と歴史の交差点」|webちくま
    kaikaji
    kaikaji 2016/07/24
  • 大日本帝国憲法はどこから来たのか|加藤陽子☓長谷部恭男 記念対談「憲法と歴史の交差点」|webちくま

    大日帝国憲法は、究極の押しつけ憲法? 加藤  先生は『論究ジュリスト』(有斐閣)2016年春号に掲載されている「大日帝国憲法の制定――君主制原理の生成と展開」で、明治憲法の制定の時点から書き始めておられる。憲法の理論一般ではなく、明治憲法についてのご論文なのでいささか驚きました。これは歴史家的な勘ぐりなんですが、今年の5月2日、憲政記念館で改憲を目指す人々による集会が開かれまして、そこには来賓として渡部昇一さんが出席され、報道によれば、「明治憲法に返れ」というようなご主張を展開されたといいます。長谷部先生は、このご論文のなかで、改憲派も護憲派も、大日帝国憲法について考えるのであれば、君主制原理を認めなかった美濃部の国家法人理論について、改めてちゃんと検討してみましょうと書かれていますが、これは単に学説的に面白いからではなく、改憲論者に対して、有効な学問的な反論を完璧に書いてしまおう、

    大日本帝国憲法はどこから来たのか|加藤陽子☓長谷部恭男 記念対談「憲法と歴史の交差点」|webちくま
    kaikaji
    kaikaji 2016/07/15
  • 輸入された君主制原理|加藤陽子☓長谷部恭男 記念対談「憲法と歴史の交差点」|webちくま

    山田風太郎の描いた幸徳秋水 長谷部  日は加藤先生にお付き合いいただきまして、当にありがたいです。私と加藤先生はかつて、東京大学で総長補佐という職を同期で務めていました。加藤先生は文学部から、私は法学部からということで。総長補佐というのは、「雑巾がけをしてこい」ということで部に出かけて、雑用をやる。そこで初めて、加藤先生にお目にかかりました。私は今回、自分で選書したコーナーを設けさせていただいたんですが、加藤先生も先月まで「加藤陽子書店」というのをやっておられましたよね。 加藤  昨年10月17日から4月23日まで、約半年営業していたことになります。 長谷部  実は、私もそこを訪れまして(笑)。見て回って、何冊か購入したことがあります。そこで気が付いたんですが、先生は山田風太郎がお好きなんですね。 加藤  はい。どれを最初に読んだのかもう憶えていないくらいです。たぶん全部読んで

    輸入された君主制原理|加藤陽子☓長谷部恭男 記念対談「憲法と歴史の交差点」|webちくま
    kaikaji
    kaikaji 2016/06/29
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