展示されたシャシンから感じるモノ・・・ 如何にも世間受けしそうな厭らしさ・・・ 「世渡りの上手さ」だけはビンビン感じるけれど 「映像に潜む深遠さ」なんて微塵も感じられない クダラナイ ツマラナイ 世間に迎合する藝術など (おカネ儲けの)道具でしかない、タダのゴミ こんなモノを有難がるとは・・・ 濁った眼には権威という名のフィルターでもかかっているのかしら? 藝術作品は、例え1000年前の過去のモノでも その放つ輝きは、一向に褪せるコトなどない 「ヒト」(現生人類)という次元で藝術作品を眺めれば 何百年前、何千年前の作品もすべて「現在」の作品となる 「ヒト」は1万年やそこらでは「進化」などしていないのだから 「視覚」に訴える作品、シャシンでも絵画でも、何も変わらない シャシンも絵画も、大切なのは 「永遠に動きを止めている」 ってことなんだと理解している シャシンも絵画も、一瞬の時間を切り取っ