メインコンテンツに移動 検索 すべて 本文あり 詳細検索 タイトル 内容記述 著者名 著者所属 著者ID 出版者 刊行物名 日付 巻 号 開始ページ 終了ページ DOI 各種ID 資源タイプ 出版タイプ 助成機関名 プログラム情報 機関 学位授与機関 学位授与番号 検索 並び替え
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■海軍では終戦時まで兵科・機関科の士官を「将校」と呼び、それ以外の科の士官を「将校相当官」と呼んだ。 特務士官は尉官であっても将校・将校相当官に含まなかった。 ■海軍では大佐を「だいさ」、大尉を「だいい」と呼んだ(大将を「だいしょう」とはいわない)。 ■海軍には憲兵組織がなかった。このため陸軍憲兵隊は海軍大臣の指揮も受けるとされ、海軍軍人も取締の対象になっていた。ただし大東亜戦争後に得た海外占領地では、新たに発足した海軍特別警察隊が取締にあたった。 ■特務士官 日米開戦時、海軍で士官になれたのは、兵学校・機関学校・経理学校を卒業して少尉候補生となった者(兵科、機関科、主計科)、大学・大学予科・高等学校・専門学校を卒業した志願者中で海軍予備学生に採用された者(航空科)、大学・専門学校を卒業した志願者中で尉官に採用された者(軍医科、薬剤科、歯科医科、造船科、造機科、造兵科、水路科)、高等商船学
arton さんの「日々の破片」のコメントツッコミ欄で、「諸元」という言葉についての話題がありました: ということは軍隊用語(ドイツ語のspecification相当の語の訳語あたりかな?)→工場用語として定着→JIS化→少し一般化(=新語←今ここ)という感じみたいですね。 http://arton.no-ip.info/diary/20071018.html#c01 そこで、「諸元」の語源について調べてみました。 「諸元」は明治時代から存在 明治32年偕行社刊行の「独国野戦砲兵射撃学」には、以下のような記述があります。 射撃表その他諸元の測定 射角、偏流、散飛を除きその他の諸元すなわち落角、経過時間及び危険界は弾道表及び弾道学の算式により計算するを得べしといえども、かかる算式の運用は本書目的の範囲外に属するをもって、ただここには既知の射角をもって他の諸元を求める単簡なる2の応用法を示さん
メンテナンスの都合上、民間プロバイダ上に置きますが、科学研究費による成果です。 本研究は、「口語性」と不連続・不整合を見せる語彙あるいは形態を積極的に取り上げ、その由来、発展の過程を明らかにすることを目的とする。 従来の国語史は、「口語性」という必ずしも実態の明らかでない尺度によって文献を恣意的に選択し、切り取ることによって成立している一面がある。本研究はこれとまったく発想を異にし、文献の作り手が国語をどのように認識し、自らの表現を作り上げているかという観点に基づく研究であり、文献が本来持っている主体性、表現性を中心とする語彙・語法研究である。また、今までは切り捨てられてきた資料に光を当てることによって、国語のより豊かな実態が明らかになるであろう。本研究を押し進めることにより、日本語の歴史的な流れは、より重層的・立体的に捉えられることになるはずであり、従来の硬直した国語観にも大幅な改変が迫
国際日本文化研究センターってとこの山田さんが中心になって、「古事類苑」っていう古ーい百科事典を電子化してんだけど、約7万ページのスキャンは終わったらしい。今、一生懸命、文字入力をしてるんだって。がんばって! 情報処理学会での研究報告(http://www.nichibun.ac.jp/~shoji/archives/CH-72-6.pdf)によると、 プロジェクトの概要は、こういうことらしい。 『古事類苑』は,明治政府の一大プロジェクトとして明治12 年(1879) に編纂がはじまり,明治29 年(1896) から大正3年(1914) にかけて出版された,本文1,000 巻,和装本で350 冊,洋装本で51冊の大百科事典である.そこには,前近代の文化概念について,明治以前のあらゆる文献からの引用が掲載されており,人文科学研究を行ううえでたいへん有用な事典として,いまでも利用されている.この
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