「沸(わ)くって言うんやけど、鉄を溶かしてしまうわけではないんや。溶けるでなし、赤いだけでもなしっていう、ちょうどいいところ。そこで仕事やらんとあかんねん」 刀匠、河内國平(かわちくにひら)は、小割りにした玉鋼(たまはがね)を積み上げた「てこ台」を前に「積み沸かし」についてこう説明する。 日本刀作りの中でも積み沸かしは、特に鍛冶の五感が大切となる工程である。細かく割った鋼をてこ台に積み、約1300℃に赤め、溶ける寸前のところで仕事をしなければならないからだ。この時にもし鋼が完全に溶けてしまうと、他元素が入り込んだりして性質に変化が起きてしまうのだという。逆に、十分に軟らかくなっていない状態で鋼を叩けば、傷となって残ってしまう。 その微妙なタイミングを察知するのは、温度計ではなく人の五感。鋼が沸く音を聞き分ける鍛冶の耳であり、鋼の色や赤まった鋼から出る小さな火花の形や量を見分ける目である。だ