被災地でのいくつかの問題 不肖・宮嶋、下手な地震学者より震災現場をより多く、そして長く踏んできた。しかし災害現場のみならず、紛争地帯も少なからず歩いてきた。災害地と紛争地帯、非日常の世界であることに変わりないせいか、そこでのサバイバル技術も自然と似通ってくる。 人類は天災を防ぐことは今だ出来ぬが、備えることはできる。現に過去の災害の教訓が活かされた事例もあれば、今だ解決できぬやっかいな問題も取り残されている。 駅前にもようやく電気が通うようになった。信号がむなしく点灯し、通り過ぎる車はめったにないのに、緊急走行車以外は皆律儀に守っていた。なお2001年七尾線穴水、輪島間廃線のため輪島駅は廃駅となり「輪島駅前」という地名だけが残った。 阪神・淡路大震災を機に、自衛隊は独自判断で出動可能に 1995年の阪神大震災までは自衛隊は都道府県知事の要請がなければ出動できなかった。で、阪神淡路はどないな
![「トイレトレーラーはタンクが溢れ…」不肖・宮嶋が見た、被災地・能登でのトイレ事情(宮嶋 茂樹) @gendai_biz](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/4b71433bc3aad10796633e22cf78bdc17534a935/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fgendai-m.ismcdn.jp%2Fmwimgs%2F9%2Fa%2F1200m%2Fimg_9a320bb25f6de336964c222c1a6e8b73187045.jpg)