朝鮮王朝を樹てた太祖・李成桂(1335~1408、右)と、王朝最後の大韓帝国皇帝・純宗(1874~1926、左) ソウルの独立門は、日本ではなく清からの独立を意味して建てられた――そんな基本的な史実すら、日本ではもちろん、韓国でも知られていないという。たしかに朝鮮半島の歴史といえば、日韓併合と朝鮮戦争ばかりが注目され、それ以前の歴史は等閑視されがちだ。その空白を埋めるべく、新城道彦氏が『朝鮮半島の歴史――政争と外患の六百年』(新潮選書)を上梓した。東洋史家の岡本隆司氏が読みどころを紹介する。 ***** ありそうでなかった通史 世の中にはありそうで、ないものがたくさんある。ごく狭いわが歴史学界の著述も、おそらくその例にもれない。単著一冊本の通史など、その最右翼であろう。 ある韓国の中国史学者はこう述べて、事情を説明してくれた。研究者は「専攻する地域と時代に対する非常に小さな主題を扱った学術
ウクライナは地理的にはヨーロッパでありながら「東西の分断線を引き直す」という冷戦後の変革の中に入らなかった[2023年4月5日、ワルシャワ](C)AFP=時事 ロシアによるウクライナ侵攻は二年目に入り、現在も激戦が続く。この戦争をどのように捉えればよいのか。ヨーロッパの安全保障を専門とし、新著『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書)を刊行した鶴岡路人氏が、ヨーロッパの国際政治が専門で、ウクライナ研究会副会長も務める東野篤子氏とともに、「ウクライナはヨーロッパなのか、違うのか」という問題を考える。 *** 「宙ぶらりん」のウクライナ 東野篤子 ご著書の始めに「そもそも、ウクライナは欧州である。同国のEUやNATOへの加盟問題は、それ自体が論争的ではあるものの、ウクライナが欧州の国であり、ウクライナ人が欧州人であることへの異論はあまりないようにみえる」(10ページ)とあります。私はこれが
2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻から一年が過ぎた。この戦争をどのように捉えればよいのか。ヨーロッパの安全保障を専門とし、新著『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書)を刊行した鶴岡路人氏が、英国外交史と国際政治が専門の細谷雄一氏とともに一年を振り返り、日本人に見えにくい「欧州」という視座から戦争の全体像に迫る。 *** ウクライナ存続は必然ではなかった 細谷雄一 2022年2月24日の、ロシアによるウクライナへの侵攻から一年を迎えました。一年を振り返って、この戦争をどう位置づければよいか。今のお考えはいかがですか。 鶴岡路人 この一年は、ウクライナが抵抗をし続けたということですね。やはりそれが非常に大きかったので、今日の姿になっている。逆に言えば、今日のような姿になっていなかった可能性も十分にあったと考えるべきだと思うんです。 2022年2月から3月にかけて、ロシアはウ
安倍晋三元首相暗殺事件は、日本の政治と宗教をめぐる激しい議論を喚起した。だが、旧統一教会の政治関与を自民党の党派性のみに還元するのは妥当だろうか。問題は、戦後保守の社会基盤のあり方と、その中における宗教団体の位置付けを視野に収める、大きな文脈の中にある。 大きい声じゃ云えないが、何が一番いい商売かと云えば、宗教だね。宗教で、人を救う道だ。面白いほど迷いの人間が聞きつたえてやって来る…面白いもンだ。喜んで金を出す人間ばかりだ。金を渋るものがないと云うのは宗教の力だね。(林芙美子『浮雲』、新潮文庫、293-294頁) 成瀬巳喜男監督で映画化もされた林芙美子『浮雲』の、高峰秀子演じるヒロインと絡む脇役「伊庭杉夫」のセリフである。映画では山形勲が、純粋に金儲けを目的に「大日向教」にはいり教団内で地歩を固めていく、人品は卑しいがとにかくしぶとくたくましいこの役柄を好演している。 映画の公開は1955
ロシア、中国、北朝鮮は、核による脅しで概ね共通した戦略を持つと考えられる(ロシアのプーチン大統領=2月27日) (C)EPA=時事 ウクライナ危機でプーチン大統領がとった核恫喝は、「核武装した現状変更国」が状況を意図的にエスカレートさせることで相手に妥協を強いる「エスカレーション抑止(escalate to de-escalate)」戦略だと理解できる。これに緊張緩和を最優先する一見“常識的”な回避志向で臨むことは、我々が望む方法とタイミングで危機を収束させるための主導権を手放すことになりかねない。 (この記事の後編『非核三原則の見直しと「核共有」は、東アジアの拡大抑止モデルとなりうるか』は、こちらのリンク先からお読みいただけます) 2月24日、ウラジーミル・プーチン大統領はウクライナに対する事実上の宣戦布告演説の中で、ロシアは今でも世界最大の核保有国の一つであることを強調した上で、「我
TOP > 記事 > 非核三原則の見直しと「核共有」は、東アジアの拡大抑止モデルとなりうるか――核をめぐる安全保障課題と日本の対応 ロシアの核恫喝を目の当たりにして、「核共有」を取り入れよとの議論が俄に脚光を浴びている。しかし、日米の拡大抑止強化で重要なのは、核兵器そのものの共有ではない。日本がNATO型核共有に踏み出せば、むしろ東アジアの「危機における安定性(crisis stability)」を著しく悪化させる危険がある。 (この記事の前編『ロシア「核恫喝からのエスカレーション」を止める唯一の方法』は、こちらのリンク先からお読みいただけます) ウクライナ危機でロシアがとったエスカレーション抑止戦略は、台湾有事や朝鮮半島有事においても当てはまる。現状変更勢力である中国・北朝鮮にとって、有事において米国の介入を阻止することは決定的に重要だ。そのため、米軍の作戦支援基盤となる日本社会をミサイ
1989年12月、マルタ島でブッシュ米大統領(左)と会談して冷戦を終結させたゴルバチョフソ連共産党書記長(中央)。だがその2か月後、ベーカー米国務長官(右)との会談で「NATO不拡大」の約束はあったのか―― (C)AFP=時事 ウクライナ危機の最大の争点の1つ、「NATO不拡大」。ロシアは西側が冷戦終結時におこなったNATO不拡大の約束が「破られてきた」と主張するが、根拠とされるベーカー・ゴルバチョフ会談はあくまでもドイツ統一の文脈であり議論の対象は旧東ドイツ地域だった。さらにロシアは90年代以降、NATO拡大を容認する「手打ち」を行ってきた。 ロシアとウクライナ、そして米欧との大きな争点の1つはNATO(北大西洋条約機構)の拡大問題である。ロシアはウクライナのNATO加盟、つまりNATOのさらなる拡大に反対であり、NATOはこれ以上拡大しないとの拘束力のある約束を求めている。この背景には
『毎日新聞』記事(19日付)で、相変わらず、「原英史座長代理が指南した」案件について記事掲載されている。 これまでの反論でずっと言ってきたが、提案者に助言することは、国家戦略特区ワーキンググループ(WG)委員の本来の役割だ。それが特別なこと、あたかも不適切なことであるかのように記事を書くのは、そろそろやめられたらどうかと思う。 規制改革提案のプロセスは、補助金申請などのプロセスと違う。提案者と特区WGが「受験生と試験官」の関係でないことは繰り返し説明してきた。規制改革が実現すれば、提案者だけでなく、ほかの事業者も新たなルールの適用を受けることも説明してきた。
[カイロ発]エジプトに行くのは今年に入ってもう三度目である。勤務先が日本研究を海外に広めるという使命を帯びているため、年に一度大規模な学術大会を外国で開く。今年はこれまでにつながりの浅いアラブ諸国に出向くことになった。 アラブ諸国である程度まとまった日本研究の制度を持つのはカイロ大学の文学部だけである。一九七三年の第四次中東戦争に際して、日本はアラブ産油国によるボイコットを受けた(石油危機)ことから、対アラブ文化交流の拠点として、日本側が働きかけて日本語日本文学科が開設された。日本から常時教授や教員を送り込み、卒業生に奨学金を与えて日本に招き学位をとらせてカイロ大の教員にして戻すなど、国際交流基金など日本側が丸抱えのようにして育ててきた。その後も日本に呼んで便宜を図るなど、きめ細かな配慮がなされている。しかし成果は砂漠に如雨露で水をやるようなもの。とはいえ、水を絶やすわけにはいかない。 そ
戦後初めて、衆参両院で憲法改正を容認する勢力が3分の2を超え、「改憲」を巡る議論が現実味を帯びてきたが、ここにきて、自民党の「憲法改正草案」が、安倍首相の目指す改憲の障害になるという意外な現実が明らかになっている。 1カ月で大幅後退した安倍首相 広島への原爆投下から71年目を迎えた8月6日。広島市での平和記念式典に出席した首相は記者会見で、自民党の憲法改正草案について「そのまま案として国民投票に付されることは全く考えていない」と言い切った。そのうえで、「国会の憲法審査会という静かな環境で真剣に議論し、どの条文をどう改正するかが収れんしていく」と述べて、改憲案作りは憲法審査会の議論に委ねる考えを示した。自民党憲法改正草案の事実上の取り下げに近い表明とみられている。 7月10日の参院選で、自民、公明両党に憲法改正を目指す、おおさか維新の会などを加えた「改憲勢力」の議席が参院の3分の2を超えた。
池内恵(いけうちさとし 東京大学教授)が、中東情勢とイスラーム教やその思想について日々少しずつ解説します。 池内恵 東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』(同)などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(
池内恵(いけうちさとし) 東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』(同)などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
池内恵(いけうちさとし) 東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』(同)などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
池内恵(いけうちさとし) 東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』(同)などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
異次元の金融緩和に取り組む黒田東彦氏は終始冷静に次のように語り続けた。30年余に及ぶ彼との議論から、彼を支えているものについては私なりに見当をつけている。確かめたかったのは、てらわず、おもねらず、思ったことを口にできる彼の因って来たる心に秘めた確信である(編集部注:この記事は、田中直毅さんによる仮想インタビューです)。 ――20代半ばの時期のオックスフォード大学への留学が、旧大蔵省での実務よりもより強烈な影響力の源泉であったことについては、常々感じていたが。 黒田 4月8日にサッチャー元英国首相が亡くなったね。現代史の泰山北斗ポール・ジョンソンが述べていることが面白い。彼女は自らの因って立つものについて、カール・ポパーとフリードリヒ・ハイエクの著作からの感銘としているが、実際には父親のアルフレッド・ロバーツの生き様だったというのだ。青果を中心とした小売商だった彼は、英国の社会階級からすれば
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