タグ

ブックマーク / kakuyomu.jp (28)

  • 第7話 五穀豊穣⑦ - 五穀豊穣(まさりん) - カクヨム

    そして、八咫烏(やたがらす)が先刻説明した内容とほぼ同じ内容を木花咲耶姫(このはなさくやひめ)は語った。ただ、農家の人々の窮状に対する思い入れなどを交えたものであった。それを聞いて、案山子(かかし)は深く同情した。それは木花咲耶姫が美人だからではない。案山子もそのような義心を持ち合わせているのである。 「いやな、わざわざ来たのは他でもない。きちんと話さねばならぬことがあってな。我々への願いは『豊作』か、それとも『台風の上陸阻止』か」 「その両方ではいけませんか」 少し潤んだ、美しい眼で見つめられると、『なんとかします』と言いそうになる。しかし。 「台風を避けるのは不可能だろうな。天災ゆえにな。八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)ならあるいは」 八意思兼命とは天気の神様だ。だが、台風をあやつれるとは案山子も聞いたことがなかった。 「では、八咫烏(やたがらす)殿、またお使い願いますか」 八

    第7話 五穀豊穣⑦ - 五穀豊穣(まさりん) - カクヨム
    masarin-m
    masarin-m 2020/04/18
  • 第2話 五穀豊穣2 - 五穀豊穣(まさりん) - カクヨム

    この「谷戸(やと)」や、台地の斜面に農地に持つのはみな零細の農家だった。米の成(な)りは悪い。栗のような作物、柿、ゆず、梨、びわ、花などの作物を作っていた。 「何を思うておる」 栗拾いを諦めた八咫烏(やたがらす)が、案山子(かかし)の肩に乗った。案山子の細い竹竿の腕に相応しくないほどの巨体の八咫烏だが、腕が折れる心配はない。二柱(ふたはしら)に質量はない。 「なに、むこうの丘には、家々が立てられる前のことを思い出していてな。覚えておるか」 「忘れたな」 「大きな養豚場があってな」 「ああ、思い出した。どこぞの大企業が開発するというて、大枚はたいて、土地買ったというやつか」 「そうそう。もともと羽振りのよい業者のオヤジが、大枚もろうて、養豚場を畳んで、楽隠居(らくいんきょ)すると言うてな」 「で、どうした。幸せに暮らしとるのか」 死んだわ、と苛立ったように案山子が言うと、驚いて八咫烏は大きく

    第2話 五穀豊穣2 - 五穀豊穣(まさりん) - カクヨム
    masarin-m
    masarin-m 2020/04/12
  • 第1話 五穀豊穣1 - 五穀豊穣(まさりん) - カクヨム

    そこは丘と丘の間、谷であった。 いや、「谷」というより、「谷戸(やと)」と言った方が正確か。 「谷」というと、両側が切りたった断崖で、間に急流が流れるという景色を思い浮かべる。崖と崖の間は狭く切り立っている。それよりも、台地に低地が深い切り込みを入れたような景色、すなわち「谷戸」と呼ぶべきだろう。 切り込みの低地はそれほど広くない。 南側の台地の崖沿いに栗林があった。ちょうど大人の腹くらいの高さの盛り土があって、二十ほどの栗の木が立っている。栗林の中央には水はけを良くするように溝が掘られていた。栗の木の下には中身がない、毬栗(いがぐり)が転がり、剪定(せんてい)された枝が散乱していた。 この辺りでは栗の栽培が積極的に行われている。 栗の木の下をカラスが一羽、チョンチョンと飛んで歩いている。毬栗のなかをくちばしで突き、突いては「ない」と独りごちている。 彼は三足であった。 人々は彼を「八

    第1話 五穀豊穣1 - 五穀豊穣(まさりん) - カクヨム
    masarin-m
    masarin-m 2020/04/11
  • まさりん「心が軽くなる感動ストーリー」(タダシさんとネコ) - カクヨム

    masarin-m
    masarin-m 2020/01/14
    良い小説でした。#小説家さんと繋がりたい #小説家さんとつながりたい #読書好きとつながりたい
  • タダシさんとネコ(ヤマシタアキヲ) - カクヨム

    masarin-m
    masarin-m 2020/01/05
  • 夜の運動会 - タダシさんとネコ(ヤマシタアキヲ) - カクヨム

    11/26この日はタツオさんのお葬式の日でした。 タダシさんは、前日から葬儀場の控え室に泊まり込んでいたので、朝の6:00時に自宅に戻り、麗ちゃんのお世話です。 お世話が終わったタダシさんは、風邪をひいたようで、風邪薬を飲んでソファに少し横になりました。 ちなみに麗ちゃんはお利口さんでお留守番できていたそうです。 タツオさんの葬儀の前、朝の時間の前にもなってもタダシさんが戻って来ない事を心配したミツオさんとタカヨさんは、タダシさんに慌てて電話します。 と言いますのも、前日にひとりでも戦力が欠けると、葬儀はすっごく大変であることがわかったからです。 タダシさんに電話をしてみると…タダシさんは眠ってしまっていたようで、「スマン!今から行く!」とのお返事。 無事、事に間に合ったタダシさん、タカヨさんもホッと一息。 なぜなら、当にタカヨさんは、こういう儀礼的な場所では自分が役に立たない事をわ

    夜の運動会 - タダシさんとネコ(ヤマシタアキヲ) - カクヨム
    masarin-m
    masarin-m 2020/01/05
  • 挿話② 「寒い夜にふたりは」2 - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム

    その顛末(てんまつ)をシホに話した。もちろん、「豪徳寺で面倒な二人」云々は言ってない。 シホはリスのようなほっぺたをわずかに膨(ふく)らませて、眉根(まゆね)を寄せて聞いていた。 「アンタの話なんてどうでもいいのよ」 ――じゃあなんで最後まで聞いてたんだ、と心のなかで反駁(はんばく)した。反駁した途端(とたん)、「ああ、愚痴を最後まで聞かせるためね」とトレードオフの関係にするためなのだと気づいた。 「ねえ、アイツ。今日初めて会ったのにさ、いきなりラブホに誘ってきたんだよ。アイツ、なにさ」 昭和の映画のスケバンみたいな口調でそう言った。いきおい、手をついていた一人掛けの椅子の背もたれによじ登り、背もたれをまたいだ後にソファに座った。青色のパンツが丸出しになった。僕はそれを見て、反射的に顔をしかめてしまう。 「仕方ないんだよ、アイツ、変わったやつなんだよ」 善悪の区別がないと言えば大げさだが、

    挿話② 「寒い夜にふたりは」2 - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム
    masarin-m
    masarin-m 2020/01/03
  • 挿話② 「寒い夜にふたりは」 1 - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム

    みんながいつも集まるケンジの家の洋間で一人、家人の帰るのを待っていた。夜二十三時を過ぎていた。ケンジはまだ塾講のバイトから帰ってきていない。洋間のまんなかにはガラスのテーブルが置いてあり、周りを囲むようにソファが置いてある。三人掛けのソファは大人の背丈以上の大きな窓に相対している。そのソファに座って、小説を読んでいた。 髙村薫の『レディ・ジョーカー』を読んでいた。ちょうど事件をやろうと物井のじいさんが決意したところだった。このは特殊なところがあって、読み始めると当に止められない。電車のなかで読んでいて、中途半端なところで降りなくてはいけなくなってしまい、電車を降りた後に、ホームのプラスチックのベンチで読み続けたこともあった。 特に物井のじいさんたちの日常が描かれているところが面白かった。物井のじいさんは一人住まいであり、薬剤師のおばさんが世話をしてくれる。そのおばさんが「素麺(そうめん

    挿話② 「寒い夜にふたりは」 1 - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム
    masarin-m
    masarin-m 2019/12/31
  • 第五話 「女と泣き出しそうな空と豪徳寺」④ - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム

    箒(ほうき)を手にしていた。きつめのパーマをかけていた。寺男(てらおとこ)の嫁か、住職の嫁だろう。「またあんたかい! いい加減にしなよ」といきなり怒鳴りつけてきた。 はじめ僕たちも怒鳴られたかと思った。身が強ばった。シホはほっぺたが引きつっていた。だが、「また」と言われる筋合いがないのにすぐに気づいた。 怒鳴られた人は急いで板の下にあった、数個のトランクだけを持って、走り出した。板はずり落ち、その拍子(ひょうし)に板の上から招きが砂利道に転がった。「縁起物なんだろ、いいのかよ」とどこ吹く風のノリスケが言った。その横でおばちゃんが仁王立ちしている。テキ屋は愛想笑いをして、頭を掻(か)きながら逃げようとする。 「ねえ、おじちゃん、アタシこれ持ってたら幸せになれるかな」とシホが聞く。 「なれるとも! それだけカワイイんだから」 去り際にそれだけ言った。おばちゃんは箒をまた振り上げて、敷地の外

    第五話 「女と泣き出しそうな空と豪徳寺」④ - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム
    masarin-m
    masarin-m 2019/12/05
  • 第五話 「女と泣き出しそうな空と豪徳寺」③ - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム

    「鶴は千年、亀は万年。長寿の祈念(きねん)はこの二つを置き、五月の空には鯉のぼり。ウサギはツキを喚(よ)び、財布のなかには白蛇(はくじゃ)の抜(ぬ)け殻(がら)、店の前には狸(たぬき)の信楽(しがらき)、これは他を抜くから。狐はいけません。これを置くと祟(たた)られます」 翡翠色の屋根と白い石柱(せきちゅう)と欄干(らんかん)をもつ堂から、右脇にある杉板で作られた作務所(さむしょ)に向かって歩いた。三人は招きを探していた。そのさらに脇に、「駐車場はこちら」と書かれた看板があり、砂利道が駐車場へと向かって延びている。砂利道を塞(ふさ)ぐように、屋根もない粗末な屋台があった。そこから声をかけられた。つられるように三人でそちらに向かった。 屋台は横に倒した数個のトランクの上に薄い杉板をのせた粗末なものだった。杉板の上には小さなものから大きなものまで、背丈順に招きが並べられていた。前に立って

    第五話 「女と泣き出しそうな空と豪徳寺」③ - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム
    masarin-m
    masarin-m 2019/12/04
  • 第五話 「女と泣き出しそうな空と豪徳寺」② - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム

    今日、豪徳寺の駅で待ち合わせて、顔を見た途端、イヤな予感は明確な不安に昇華(しょうか)した。 ノリスケは一瞬、シホをまんざらでもないという目で見た。それを僕は見逃さなかった。 シホは相変わらずの人なので、誰にでも媚(こ)びを売っているように見える。いやハッキリと媚びている。 ノリスケは東京の下町の出身だ。 都会には大悪党はいないが、小悪党は無数にいた。小悪党は悪びれもなく、人のモノを盗む。欲望に忠実であり、「盗られる隙(すき)を見せる方が悪い」くらいに考えている。 田舎で悪いことをすれば、周囲の人間はみな悪事を知る。田舎には周囲の人間しかいないので、逃げ場がない。が、都会には身を隠すところが無数にある。 それに同種の小悪党がたくさん存在する。それに紛れてしまえば後悔も罪悪感もない。 現に横から見ていると、堂から如何に賽銭を盗もうか画策していた。掃除をする寺男はこちらなど構っていない。 賽

    第五話 「女と泣き出しそうな空と豪徳寺」② - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム
    masarin-m
    masarin-m 2019/12/03
  • 第五話 「女と泣き出しそうな空と豪徳寺」① - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム

    二月の末、風の強い日曜日だった。空は今にも泣き出しそうな厚い雲が覆(おお)っていた。 シホはぶつぶつ言いながら、熱心にお祈りをしていた。すでに参拝を終えた僕は少しだけ下ぶくれなシホの横顔を眺めていた。豪徳寺の賽銭(さいせん)箱は堂のなかにあった。拳一つがちょうど入るくらいの小窓がガラス戸の一部に設(しつら)えてあって、その木枠をスライドさせ、お賽銭を入れるようになっていた。そして、仏式のお参りをする。 僕は幼少時、「神様や仏様は、わざわざお願いをしなくても全部お見通しだから、念じなくてもいい」とどこかで教わった気がして、誰よりも早く参拝を終えてしまう。それにしてもシホは長い。なんという強欲なオンナなのだと呆れ、ノリスケと僕は顔を合わせる。 二人で向後に咳払いをした。「はやくしろよ」という責めが半分、からかう気分が半分だった。それでもシホは僕たちを無視して、祈りを捧げている。やがて、ノリス

    第五話 「女と泣き出しそうな空と豪徳寺」① - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム
    masarin-m
    masarin-m 2019/12/02
  • 第四話 「会社を辞めた日のこと」~ Revolution 9⑤ - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム

    ただ、寝たおかげでだいぶ体調は回復していた。鼻と喉の辺りに風邪の気配が少し残っているだけだった。「ナンバーナイン」のリピートは収まった。 無性に広い場所を歩きたくなった。 次の上野駅で降りた。 公園口の改札を出て、上野公園内には入らず、外周を歩いた。ガードレールに沿って歩く。右手の遙か向こうに、鉄道科で有名な岩倉高校が見える。正面にはスカイツリーが見える。左手に売店、「日学士院会館」の建物が見え、沿うように左に曲がる。左に朱色のロケットランチャーが見える。道を挟んで、右肩には輪王(りんおう)寺がある。東京藝大へと続くその道を歩く。 また貧血になりそうな気がしたので、少しゆっくりと歩く。周りからはとぼとぼ歩いているように見えただろう。身体には力が入らない。自分の中身が空っぽになってしまったようだ。 ケンジは公園の外周を歩く。まるで何かに引っ張られているようだった。抗う余力はない。 広い歩道

    第四話 「会社を辞めた日のこと」~ Revolution 9⑤ - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム
    masarin-m
    masarin-m 2019/11/22
  • 第四話 「会社を辞めた日のこと」~ Revolution 9④ - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム

    貧血が少し収まった。ふらつきは少し緩和された。 だが、頭のなかで「ナンバーナイン」の声は続いている。 全身が梅雨の小糠雨(こぬかあめ)で濡れそぼっていた。 道路にひっくり返っていた傘を拾った。 このままだとさすがに風邪を引くと思った。 やがて駅の前にあるロータリーに差し掛かった。老人のようにゆっくりと歩いていたからか、やたら時間がかかった気がした。時間がかかったせいで、濡れそぼった身体はすっかり冷え切って、少し前から首や肩に悪寒(おかん)が走っていた。このままでは確実に風邪を引く、そんな予感がした。 ロータリーの上空には巨大な歩道橋が架かっていた。歩道橋を使うとロータリーをぐるりと回らなくても、JRの駅舎と、私鉄の駅とデパートを兼ねた建物にまっすぐ行ける。歩道橋の下に緑色の車体のタクシーが何台も停まっていた。平日の昼前にタクシーを使う人間はそれほどいないのだろうか。元々雨雲が空にかかってい

    第四話 「会社を辞めた日のこと」~ Revolution 9④ - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム
  • 第四話 「会社を辞めた日のこと」~ Revolution 9③ - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム

    ケンジの働いているのは、運送会社だ。仕事は非常にハードだ。例によって、我々の世代の新人採用は押さえられていた。バイトや契約で代替されていた。が、最近は数年おきに新人が入るようになった。だが、次に新人が現れるころにはほとんどが退社した。ケンジたちにはそう見えたが、経営者には計画もなく、足りないから補充したという感じで新人社員がやってくる。上の考えていることはケンジたち末端社員には分からない。分からないというほど大きな会社ではないのだが。 同僚が辞めたとき、ケンジは彼らを「裏切り者」として扱った。これが生き残った忠誠心の高い社員の結束を固める効果がなぜかあった。要するに、離脱しにくくなっているのだ。業務は悲惨だった。顧客の都合に合わせ、始発に出勤することもままあった。夜十時過ぎに退勤するのが常で、十時以前に退社すると皆で「奇跡だ」と喜んだ。だが、そのまま飲みに行ってしまうのだが。 時間の管理は

    第四話 「会社を辞めた日のこと」~ Revolution 9③ - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム
    masarin-m
    masarin-m 2019/11/20
  • 第四話 「会社を辞めた日のこと」~ Revolution 9② - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム

    駅へと向かう大通りを歩いていた。 皇居へと続くその通りは、緩慢(かんまん)な坂道になっていた。駅に向かっては下り坂だった。片側三車線の通りは右へと緩く曲がっていた。歩いていると、ゆっくりと谷底へと歩いて行く気分になった。ことに今のケンジにはグニャグニャと左右に曲がっているように映っていた。目が回っているのだ。 自分がまっすぐに歩けない気がして、わざと側溝(どぶ)の蓋の上を歩いた。蓋はガタガタと音が鳴った。側溝の幅で歩こうと思っても、意思に反して左右にフラフラとしてしまって、思いのままに歩けなかった。 こんな状態で自転車にでも突っ込まれたらたまらないと思うのだが、身体が思う通りにならない。鼓動が異常に大きく、速い。重力には逆らえず、枯れ葉のように地の底にゆっくりと舞い落ちる心地がした。頭痛はいつの間にか抜け、代わりに頭に鉛の塊を入れたようだった。フラフラと左右に振られる。これは貧血だと思った

    第四話 「会社を辞めた日のこと」~ Revolution 9② - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム
    masarin-m
    masarin-m 2019/11/18
  • 第四話 「会社を辞めた日のこと」~ Revolution 9① - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム

    その日の朝、ケンジは上司退職届を叩きつけた。 そうなればカッコイイのだが実際は違った。 ケンジの所属する部署で一番採光(さいこう)の良い、窓を背に鎮座(ちんざ)する課長席の前に立った。恭(うやうや)しく両手で退職届を差し上げた。まるで卒業証書を押し頂くように。 退職届を受け取るはずの人間は、愛想も挨拶もへったくれもなく、『お前が先に何も言わなければ、俺からは何も反応しない』と決めつけているように、届けを差し出しても、始めは反応がなかった。愛想がないことが威厳に繋がるという、そもそも昭和時代的な時代錯誤な感覚を引きずって歩いているような男だ。 何も反応がないために、紙の届けを微(かす)かにカサつかせたのだそうだ。やおら書類を書いていたオールバックの頭が上がり、四角い顔と、黄色く四角い鼈甲(べっこう)のような柄(がら)のついた縁(ふち)の眼鏡が見えた。 「今にして思えば、上司にしても予感はし

    第四話 「会社を辞めた日のこと」~ Revolution 9① - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム
    masarin-m
    masarin-m 2019/11/17
  • 【短編】月下の妖鬼(和葉) - カクヨム

    『禍』 彼は物心つく頃からそう呼ばれ、望まれて生まれてきたわけではない。 村はずれの廃寺に閉じ込められ、度重なる苦痛と、小さな格子窓越しに映る、切り取られた小さな風景しか知らない。 それが彼に与えられたもの、彼のすべてだった。 そんな彼と出会う、一人の村の子供。 「あんたが、鬼?」 そんな一言から始まる、二人の子供の物語。

    【短編】月下の妖鬼(和葉) - カクヨム
    masarin-m
    masarin-m 2019/11/01
    なんと表現すべきか。鬼「芙蓉」とのBL? いやちょっとちがうな。きれいで不思議な物語。
  • 「星空みたいにシンプルに生きればいいのに」創作メモ/まさりんの近況ノート - カクヨム

    実は2014年に書いた作品に最低限の修正を加えたもの。 五年も前になってしまいました。 この作品ははてなブログで行われていた「短編小説の集い」というサークルに出品するために書いたものです。 締め切りの前日くらいに、サークルの存在を知り、急いで書いたものでした。 五千字という、現代では掌編小説に入るものですが、起承転結のうち、書けても転結の部分しか書けないな、ならば一つの場面か二つの場面に限定して思い切り書いてやれ、という感じで書きました。 評判はまずまずだったと思います。 「描写がいいね」というのはとても嬉しかったなあ。 https://kakuyomu.jp/works/1177354054891817316/episodes/1177354054891817403

    「星空みたいにシンプルに生きればいいのに」創作メモ/まさりんの近況ノート - カクヨム
    masarin-m
    masarin-m 2019/10/29
  • 第2話 「雑踏」3 - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム

    やがて僕たちの短い旅の目的地の前に到着した。山野楽器である。ここでシホがナカムラにギターを買い、ついでにイルミネーションでも見ようとここまでやってきた。CD売り場である一階を尻目に四階のギター売り場へとエスカレーターに乗った。エスカレーターは片道で、帰るときは階段を降りなければならない構造になっていた。 四階に着く。エスカレーターの終点はフロアの中央に位置している。僕たち三人は、クラシックギターやアコースティックギターを眺めつつ、手前奥にある、エレキギター売り場へと向かう。 売り場の奥から、ギターをチューニングするハーモニクスの音が聞こえた。壁際にある通路の手前の床には所狭(ところせま)しとエレキギターとベースが並んでいる。壁と中央にはガラスのショーケースが並ぶ。床に立っているのは比較的廉価なギターだ。ケースのなかには数十万円のギターが並んでいる。奥では五十歳くらいの中年男性による試奏(し

    第2話 「雑踏」3 - 人生で迷っている人たちの短編集(まさりん) - カクヨム