庶民に寄り添い「住」を革新 「ダイニングキッチンの生みの親」といわれ、戦前からいち早く庶民の暮らしの研究に取り組んだ建築学者、西山夘三(うぞう)(1911~94年)。優れた観察眼と画力で調査を重ねた西山の“記録への意志”に光を当てた展覧会が、大阪市北区のリクシルギャラリーで開催中だ。一貫して生活者の視点に立ち続けた西山の仕事は何を伝えるのか。意義を探った。【清水有香】
京町家は,京都の美しい景観,四季折々の自然と茶道や華道などの歴史に培われた生活文化,洗練された精神文化の象徴であり,京都の貴重な財産です。 しかしながら,今もなお,京町家は,年間約2%の割合で滅失が進行しており,この7年間で約5,600軒の京町家が取り壊され,京町家の空き家率も14%を超えているなど,歴史都市・京都のアイデンティティを脅かす重大な危機であると認識しています。 京町家の所有者や使用者の方はもちろん,市民活動団体や事業者,市民の皆様お一人お一人と,京町家の価値や危機感を共有し,京町家の保全と継承に取り組むため,「京都市京町家の保全及び継承に関する条例(仮称)」を制定することを予定しており,この度,条例の骨子(案)について,市民の皆様からの御意見を募集しました。
京都大学図書館機構は、このたびオープンアクセス推進事業(*1)の一環として、国立大学改革強化推進補助金の経費により、工学研究科建築学専攻が所蔵する重要文化財「ジョサイア・コンドル(*2)建築図面」358点を電子化・公開しました。 今回、電子化したコンドル建築図面の中には、ジョサイア・コンドル晩年の大作である「島津邸」、「古河邸」、「成瀬邸」など貴重な建築図面が多数含まれており、これら建築図面を公開し提供することで、国内外の建築学、近代日本研究はじめ様々な分野の研究者に広く利用され、研究の発展に資するものと期待しています。さらに近代日本建築の礎を築いたジョサイア・コンドルの建築図面を公開・発信することで、日本の建築文化の世界的な普及につながればと考えています。 なお、画像は京都大学図書館機構蔵書検索 kuline から公開しており、平成29年8月には、デジタル画像相互運用のための国際規格II
ここに掲載されている情報は、発表日現在の情報です。ご覧になった時点で内容が変更になっている可能性がありますので、あらかじめご了承ください。
青い空に煉瓦の赤がくっきりと映える。ピリッと冷えた朝の空気を、熱い思いが籠もったピアノの音が振るわせる――今月いっぱいで閉庁する奈良少年刑務所のお別れイベントとして、ジャズピアニストの山下洋輔さんが11日、構内で野外演奏会を開いた。近隣の住民など約450人が演奏を堪能した。 重要文化財に指定された奈良少年刑務所の庁舎同刑務所は、旧奈良監獄時代から続いた108年にわたる歴史に幕を閉じるが、建物は国の重要文化財に指定され、観光資源として保存・活用されることになっている。この刑務所を設計したのは、山下さんの祖父山下啓次郎。山下さんは、地元の人らが作った「奈良少年刑務所を宝に思う会」の会長となり、保存運動の先頭に立ってきたが、その念願が叶ってのコンサートだ。 朝10時から聴衆を前にしての演奏は「生まれて初めて」という山下さんだが、祖父の作品である建築物を前に、自作の『ゆずり葉の頃』、奈良をイメージ
File Not Found. 該当ページが見つかりません。URLをご確認下さい。 お知らせ 事件・事故のジャンルを除き、過去6年分の主な記事は、インターネットの会員制データベース・サービスの「京都新聞データベース plus 日経テレコン」(http://telecom.nikkei.co.jp/public/guide/kyoto/)もしくは「日経テレコン」(本社・東京 http://telecom.nikkei.co.jp/)、「ジー・サーチ」(本社・東京、 http://www.gsh.co.jp)のいずれでも見ることができます。また、登録したジャンルの記事を毎日、ネット経由で会員に届ける会員制データベース・サービス「スカラコミュニケーションズ」(本社・東京、http://scala-com.jp/brain/) も利用できます。閲読はともに有料です。 購読申し込みは下記のページから
オランダの首都アムステルダムにある国最大の国立美術館。200年の歴史を誇る。レンブラント『夜警』やフェルメール『牛乳を注ぐ女』など、17世紀オランダ黄金時代の傑作絵画をはじめ、オランダが世界に誇る至宝の数々を所蔵する。そのコレクションはパリのルーブル美術館やロンドンの大英博物館にも匹敵。 10年の閉館の後、2013年4月に再オープンした美術館は、一日に14000人もの来館者を集める成功をおさめている。すぐ隣のゴッホ美術館とならんで旅行者が必ずと言ってもいいほど訪れる観光名所でもある。 【主な所蔵品】 レンブラント・ファン・レイン『夜警』『青年期の自画像』/ヨハネス・フェルメール『牛乳を注ぐ女』『手紙を読む青衣の女』/ヤン・アセイレン『威嚇する白鳥』/ヘンドリック・アーフェルカンプ『スケートをする人々のいる冬景色』/フランス・ハルス『陽気な酒飲み』 アムステルダム国立美術館公式サイト htt
File Not Found. 該当ページが見つかりません。URLをご確認下さい。 お知らせ 事件・事故のジャンルを除き、過去6年分の主な記事は、インターネットの会員制データベース・サービスの「京都新聞データベース plus 日経テレコン」(http://telecom.nikkei.co.jp/public/guide/kyoto/)もしくは「日経テレコン」(本社・東京 http://telecom.nikkei.co.jp/)、「ジー・サーチ」(本社・東京、 http://www.gsh.co.jp)のいずれでも見ることができます。また、登録したジャンルの記事を毎日、ネット経由で会員に届ける会員制データベース・サービス「スカラコミュニケーションズ」(本社・東京、http://scala-com.jp/brain/) も利用できます。閲読はともに有料です。 購読申し込みは下記のページから
宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌記念事業の一環として、2006(平成18)年、真宗大谷派(東本願寺)からの業務委託を受け、大谷大学真宗総合研究所真宗本廟(東本願寺)造営史研究班(チーフ・木場明志教授)が行ってきた調査・研究の成果が、このたび『真宗本廟(東本願寺)造営史—本願を受け継ぐ人びと—』として刊行されました。 真宗本廟(東本願寺)は、教如上人(第11代)が徳川家康より寺地の寄進を受けて以来、現在にいたるまで烏丸六条の地にあり、多くのご門徒を迎え入れる帰依処として、護持され、受け継がれてきました。しかし今日に至るまでの真宗本廟のあゆみは決して平坦なものではありませんでした。とりわけ、江戸時代をつうじて、4度も罹災した火災による焼失は、想像を絶する困難であったと言っても過言ではありません。そうした大変な困難を乗り越え、現在見る大伽藍を受け継いできたのは、名も知られていない数多の門徒の志と、尽
是日栄一、大倉集古館構内に建設せられたる、大倉喜八郎寿像除幕式に列す。 出典:『渋沢栄一伝記資料』 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 明治四十二年−昭和六年 / 1部 社会公共事業 / 9章 其他ノ公共事業 / 2節 銅像 / 3款 大倉喜八郎寿像除幕式 【第49巻 p.205】 ・『渋沢栄一伝記資料』第49巻目次詳細 http://www.shibusawa.or.jp/SH/denki/49.html 大倉喜八郎(おおくら・きはちろう、1837-1928)は大倉財閥の基礎を築いた実業家です。『渋沢栄一伝記資料』第49巻p.205には、この日のことが「午前十一時大倉喜八郎氏銅像建碑ノ事アリ、其式場ニ抵ル、三島日下部其他来会者ト午飧ヲ共ニス、又美術館ヲ一覧ス」(渋沢栄一日記 大正四年)と記されています。 また『渋沢栄一伝記資料』第47巻p.447-457には「大倉集古館」開設の経緯
ディスカッションの様子 photo: Masaru Kaido 去る2013年8月3日、「建築と音楽」をテーマとしてシンポジウムが開催された。音楽のあり方を問う試みを展開する蓮沼執太、内田学、小野寺唯の議論に藤村が招かれた格好である。デジタル技術の発達を前に空間の重要性が再認識されている点と、聴く側に音像が委ねられていたり干渉を前提にするなど、参加がポイントになっている点に建築と共通した問いを確認することができた。 音を取って「音楽」にしていく体験 小野寺 蓮沼さんが以前やられていたアサヒ・アートスクエアでのインスタレーション作品は、来場者も含めたパブリックな場で音楽が生まれてきているというのが面白いと思いました。藤村さんの、パブリックミーティングの積み重ねで作品が生まれてくるという話と共通する部分があって、プロセスの蓄積が完成物をユニークにしていると思います。 蓮沼 2012年の
「帝国日本の知識ネットワークに関する科学史研究」の研究会に参加してきましたので、簡単に参加メモを。 栢木まどか「日本統治期の台湾における都市計画・建築史――日本植民地建築史研究のレビューをふまえて」帝国日本の知識ネットワークに関する科学史研究・第3回研究会(人類学・民俗学班)、2013年5月18日、於:PORTA神楽坂 https://sites.google.com/site/imperialsciences/report/20130518 報告者の栢木まどかさんは、建築学がご専門で、最近では植民地台湾の建築の研究をおこなっているそうです。植民地の建築史研究というトピック自体はまさに植民地科学史の研究領域の一つですが、これら研究は歴史研究者を中心に進められてきました。そのため、いつもの科研報告会とは異なり、歴史学ではなく建築学の観点からの報告でしたので、よりテクニカルな部分にまで話が及び
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く