「三女派」との記載について 一審判決では、 ①わたしがオウム真理教の教祖であった父の三女であり、名目上であれ教団運営を行う地位に就いた②公安調査庁や警察庁の報告書に、下の弟(二男)を母がアレフに復帰 ...
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2004年、「詐病」だと信じていた父と9年ぶりに面会し、壊れた父の姿に衝撃を受け寝込んだ。おむつをつけられ、車椅子で面会室に運ばれてきた父は、かつての面影を失っていた。娘が面会室に来ていることにすら気づかない、壊れた人形のような父。父の名は、「麻原彰晃」。2008年6月以降、東拘に面会妨害され、今は会うこともできない。
裁判のニュースがありました。 www3.nhk.or.jp 07月05日 17時15分 オウム真理教元代表の麻原彰晃、本名・松本智津夫元死刑囚の遺骨を遺族の誰が引き取るかが争われた審判で、最高裁判所は、海に散骨する意向を示していた四女などの特別抗告を退ける決定をし、次女が引き取ることが確定しました。 www3.nhk.or.jp 2021年7月6日 5時54分 オウム真理教元代表の麻原彰晃本名・松本智津夫元死刑囚の遺骨の受取人を次女とする決定が確定したことについて、次女の代理人の弁護士が5日夜、「次女はオウム真理教や後継団体と一切関係なく、父の遺骨が宗教的に利用されることを望んでいない」とするコメントを出しました。 3年前の7月6日、松本智津夫元死刑囚に死刑が執行されたあと、遺骨の引き取りをめぐって遺族の間で争いが起き、遺骨は東京拘置所で保管されてきました。 次女と四女が受取人を確定させる
最高裁第3小法廷(戸倉三郎裁判長)は、平成30年7月の死刑執行後、法務当局が保管しているオウム真理教元教祖の麻原彰晃(しょうこう)元死刑囚=本名・松本智津夫(ちづお)、執行時(63)=の遺骨と遺髪について、次女(40)に引き渡すとした決定を不服として四女(32)側が申し立てた特別抗告を棄却した。7月2日付。遺骨などを次女に引き渡すとした決定が確定した。 公安当局は、遺骨などがオウム真理教の後継団体「アレフ」信者らの崇拝対象になる可能性があるとしており、引き渡し先が法的に決まったことで、改めて警戒を強めるとみられる。 麻原元死刑囚は、元教団幹部の妻(62)との間に2男4女がいる。関係者によると、元死刑囚は執行直前、係員が遺骨の引き取り先の意向を尋ねた際に「四女」と答えたとされる。四女は受け入れを表明したが、次女や三女(38)らが「元死刑囚は当時、意思疎通が難しい状態で、特定の人を指定すること
「オウムの科学を解明せよ」。無差別テロ、地下鉄サリン事件の捜査で、こう命じられた元科学捜査官が、事件から26年となる中、捜査の秘話を明かしました。サリンの生成に関わった元死刑囚との間で“化学式の対話”が行われ、捜査が進められていたことが分かりました。 取材に応じたのは、元・警視庁科学捜査官で、医学博士の服藤恵三さんです。 平成7年3月20日に起きた地下鉄サリン事件では、14人が死亡、およそ6300人が被害に遭いました。 当日の朝、服藤さんは、地下鉄にまかれた液体をサリンと鑑定しますが、その後、押収された実験ノートを分析したことで事件捜査に関わるようになりました。 ノートには、サリンを示すとみられる「サッチャン」という表記や、物質の沸点や融点、凝固点の測定値が記されていました。 数値は文献に記されたものとほぼ一致し、サリンを作っていることをうかがわせるものでした。 「オウムの科学を解明せよ」
オウム真理教の後継団体の監視を行っている公安調査庁は、依然として松本智津夫元死刑囚への信仰が続いているほか、特に20代以下の若い信者が増えているとして警戒しています。 それによりますと信者の数は合わせておよそ1650人と10年前に比べるとおよそ150人増えています。 また信者のうち20代以下の割合はおよそ21%で、10年前の14%に比べて増加傾向にあることが分かりました。 公安調査庁によりますと特にアレフでは書店で宗教に関する本に興味がありそうな若者に声をかけたり、インターネットで自己啓発について書き込みをしている若者にSNSで接触したりして組織的に勧誘しているということです。 また団体名を隠してヨガ教室や勉強会への参加を勧めるなど、事件を知らない若い世代を取り込もうという動きがあるということです。 公安調査庁は後継団体について引き続き監視などを続けることにしています。 公安調査庁の児堀達
オウム真理教が引き起こした地下鉄サリン事件の被害者、浅川幸子さんが亡くなった。死因はサリン中毒による低酸素脳症。事件から25年となる日を前にした3月19日、兄の一雄さんが代理人弁護士と共に記者会見して明らかにした。この事件で命を奪われた犠牲者は、14人となった。 「生きていることが奇跡です」 1995年3月20日、幸子さんは仕事の研修のために地下鉄丸ノ内線に乗っていて事件に遭った。心肺停止の状態で救助され、なんとか蘇生したものの、全身に強いマヒが残り、寝たきりに。「奇跡は起こらないんでしょうか?!」と問う母に、医師は「今生きていることが、奇跡です」と言った。 8年半、3カ所の病院で治療やリハビリを受けた後、医師からは介護施設への入所を勧められた。しかし、「うちで見てあげようよ」という妻の言葉で、一雄さんは自宅に引き取ることを決意。2003年から自宅で、ヘルパーの支援を受けながら、一緒に生活
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